壱.招かれたモノ

 最近、キキョウシティでは奇妙なことが度々起こるようになった。
子供やマダツボミの塔にいるゴースたちのイタズラと思われることから悪質なことまで様々。
町の人々の話を聞いたハヤトは解決すべく、町の巡回をしていた。

「それにしても、最近になって増えすぎだろ…」

ゴーストタイプのことは、マツバに聞いて近々訪れると返事があった。
大量のゴースにまた驚く羽目に遭うかもしれないが、事態は深刻化している。

「町の人のためだ。一刻も早く解決して、安心させたい」

町周囲の見回りを鳥ポケモンたちに任せて、ハヤトは自宅近くにある蔵の様子を見に来た。

「よし、久しぶりに開けるか……ん?」

ゴースたちの目撃情報を聞いて、念のため確認しに来たら何やら蔵の中が騒がしい。
南京錠は壊れていないし、無理やり開けた痕跡もない。
何かがいることを確信したハヤトは、ボールからピジョットを出し、警戒しながら南京錠を外した瞬間──

「きゃあっ!!」
「わっ!?」

蔵の扉が勢いよく開かれ、誰かが飛び出てきたから慌てて飛び退けた。
蔵の前で尻餅をついた少女は、紅葉のような真っ赤な髪をゆるく束ねていた。

「もーっ危ないじゃない!」

真っ暗闇の蔵の中に向かって怒るも、誰がいるのかすらわからない。
そもそも、この少女が"人間"なのか少し疑ってしまうくらい気配が薄い。
目の前にいるのに"いる"感じがしないのだ。

「ちょっといいか?」
「え──?」

咳払いして声をかけたら、少女は意外そうな声を上げて振り返った。
少女はキュウコンに模した半顔の面をつけていて、口元しか見えない。
どう見ても怪しい人物だと警戒していたら、少女の口が開いた。

「貴方、私のこと呼んだ?」
「君以外、誰がいるんだ?」
「まあ、そうね。貴方は"私以外"見えてないみたい」
「………」

これは何かいる。
少女の言葉に不信感はあるも、蔵の中からただならぬ気配を感じた。
蔵に潜む得体の知れないモノに謎の少女。
どちらから対処すべきか考えていたら、少女は立ち上がって土埃を払った。

「私はセキコ。ただの通りすがりよ」
「蔵の中にいて、ただの通りすがりのわけがないだろ!」

華麗なるツッコミ。
それに対して、セキコと名乗った少女は顎に手を当てて「それもそうね」と呟いた。

「俺はハヤト。この蔵の所有者だ。一体、どうやって蔵の中に入った?」
「招かれたのよ」
「招かれた?誰に?」
「ここにいる子に」

セキコの言葉に斟酌できないハヤトは無言になった。

「理解できないって顔をしてるわね」
「理解できるわけがないだろ。俺を揶揄っているのか?」
「やだね。若い子を揶揄うほど性格悪くないわよ」
「どう見ても君と歳は離れてないと思うが?」
「見た目で判断するのは甘いわよ?それはそうと、蔵の中にいるのはゴーストたちよ。この蔵や周囲で騒ぎをしてるのも彼らよ」
「それは知ってる。俺はその騒ぎを解決したいが……その前に君はここで何をしてたんだ?」

警戒心はそのまま。
少し声が張った問いかけにセキコは真っ直ぐ蔵の中へ指をさした。

「そのゴーストたちを癒す為に来た」
「どうやって癒すんだ?そもそもどうやって鍵をかけた状態で蔵の中に忍び込んだ?」
「まあ、細かいことは気にせずってことで。埃っぽいから上手く演奏できるかわからないけど、とにかくやらないとね」

疑問に対して答える気がない彼女に眉間にシワを寄せたが、答えてくれても自分には理解できないものだろうと思った。
そんなハヤトを他所にセキコは袖から黒色の筒を取り出した。

「筒?」
「龍笛よ。この音色を一度は聞いたことがあるはずよ」

紫色の紐を解いて中から龍笛を取り出した。
軽く吹いて小さな音を鳴らした。

「ずっと寂しかったからね。楽しい曲にするわ。それに私だけじゃないから、さっきよりか賑やかよ?」

龍笛を構えたセキコは一曲吹き始めた。
どこかで宴会をしてるかのような、盃を持っているような感覚。

(──不思議と気分が高まる…)

聞いていると喉が潤って、気分が上がってくる。
それは自分だけじゃなく、蔵の中にいるというゴーストたちも同じで物々しい雰囲気から徐々に楽しげな雰囲気に変わっていく。
曲調と違う音色になり、静かに響いた。

「………どうかしら。私一人の演奏じゃ物足りないかもしれないけど、楽しめたかしら?」

龍笛を筒に戻していると、蔵の中から楽しげに話すゴーストたちが続々と出てきた。

「そう、よかった。イタズラは程々にね」

ゴーストたちは返事代わりにセキコの肩を叩いたり、わざと身体をすり抜けたりと可愛らしいイタズラをして去っていく。

「しばらくは大丈夫よ」
「今の曲は何だ?」
「古の曲よ。今じゃ伝える者が絶えてしまって、失った舞や曲があるわ。さっきの曲は昔の人がお酒を飲む時に奏された曲と言われてるものよ」
「つまり…宴会曲か?」
「そうね。貴方が来る前に話しかけて演奏しようとしたら、人が少ないから盛り上がりに欠ける!って機嫌を損ねたのよ」
「それで蔵の鍵が開いたことで突き飛ばされたのか」
「全く、酔っ払いにも程々にしてほしいわ。でも丁度よく来てくれてよかった。ありがとう」
「偶然にも数合わせにされたってわけか。でも解決できて助かった。こちらこそ礼を言いたい。何か君の助けになれることなら協力しよう!」
「あら、その言葉は本当?」
「もちろんだ」
「じゃあ、一つ──と言いたいところだけど、もう時間だから帰るわね。また今度会えたら話すわ」

ブーツの踵を鳴らして、くるりと舞った。
赤い髪が紅葉が落ちるかのように揺れ、ハヤトの横を通り過ぎた。

「おい、どこへ──」

振り返ったらセキコの姿がなかった。
まるで、キュウコンにつままれたかのような感覚。
慌てて周りを見ても人の気配はしないし、すぐ隣にいたピジョットも同じ反応を見せた。

「一体、何者なんだ……」

素顔も正体もわからないまま。
まだ信用できると言い切れないけど、助けてくれた恩はある。

また今度会えたら──

真っ赤に染まった空を見上げて、その言葉を信じようと思った。




[1/8]
×




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -