01.歪んだ召喚

 満月が美しく輝く。
こういう日は、夜の散歩をすると気分がいい。
正門の戸締りが終わったとゴーストから報告を聞いた学園長は、息抜きに校内を散策し始めた。
日中は生徒がいて騒がしい…いや、賑やかなメインストリートは満月が照らし、歩く音だけが響く。
そんな静かなひと時を楽しみつつ、正門の方まで歩いていたら、何やら光っているのか明るくなっていた。

「あれは何でしょう?」

ゴーストが戸締りをした時にはなかったもの。つまり、この数十分で何か起きた。
やや警戒しつつ、門を開けると人が倒れていた。しかも邪悪な感じのする炎に焼かれているではないか。

「おやおや、物騒ですね」

持っていた杖で身体にまとわりつく炎を払い、応急処置程度の回復魔法をかけた。
ふと、倒れている人物の手元を見たら、魔法陣が僅かに残っていた。この世界にある魔法とは違うも、時間にまつわるものが書かれていた。

「学校の前に死体があっては困ります。息はまだあるようですし、目覚めるまでは匿ってあげましょう」

私、優しいので。
ただ、面倒事になったら即追い出して何事もなかったことにしよう。そう考えながら、魔法で浮かばせると、興味深い魔法力を持っていることに気づいた。

「……これは、面白い方ですね」

教育者のカンが騒ぐ。
闇の鏡が魔法士の素質を認めるかもしれない。選ばれた者ではなくても、可能性を秘めているなら試さないわけがない。

 深夜で業務時間を過ぎているから保健室にいるゴースト達が不在。仕方なく、学園長室の近くにある談話室に運んだ。
ソファーで寝かせて、改めて見たら柿色の髪に中性的な顔立ち。魔法が使える人間が持つ魔法力とは違うから普通の人間ではないと思った。

「妖精族のハーフでしょうか。確か新入生に一人いましたね」

この子はどの妖精族かはわからない。目が覚めたら色々聞こうと思っていたら、ブルームーンの色をした瞳が天井を見上げていた。

「おや、お目覚めですか?」
「ここは……どこ…?」
「ここは、名門魔法士養成学校・ナイトレイヴンカレッジです。私は理事長よりこの学園を預かる校長。ディア・クロウリーと申します」
「私は、シュニー。イーリスの剣士で──」

ソファーから起き上がり、そこまで言ったシュニーは頭を抱えた。

「どうしました?」
「思い、出せない。名前と産まれた故郷の場所はわかるのに、私が今ままで、どこで、何をしていたのか、思い出せない……っ」

思い出そうとしても、部分的な場面、誰かの後ろ姿、肝心の顔や名前が思い出せない。
色々聞こうと思っていたのにまさかの記憶喪失。空間転移魔法の影響で記憶が混乱することはよくあること。
聞いたことのない地名。異世界から転移。瞳を見ると、瞳孔に特徴があったからハーフだということが確信しただけでも収穫だろうと思った。

「君が倒れていた場所に残っていた魔法陣から、空間転移魔法に似た時間に関係する術が残っていました。その影響で記憶が失った可能性がありますね。あの監督生と同じで」
「監督生?」
「いえ、こちらの話ですのでお気になさらず。しかし、興味深い魔法力の持ち主ですね。魔法士としての才があると思います」
「魔法士…? 魔法使いの見習いですか?」
「君のいた世界はそうかもしれませんね。ここでは世界中から選ばれた類稀なる才能を持つ魔法士の卵が集まる学校です。案内したい場所があります。起きたばかりですが動けますか?」
「はい。動け──」

寝ていたソファーから立ち上がろうとしたら、立ちくらみがして倒れそうになったところを学園長が受け止めた。

「すみません…」
「応急処置程度の回復魔法をかけてませんが、空間転移と疲労で身体が動かなさそうですね」
「それと、目が見えないです……」
「元からですか?」
「いえ、視力はかなりいい方ですが…目が覚めたら何も見えなくて」
「なるほど。一時的な失明の可能性がありますね。少し我慢してください」
「わっ!?」

シュニーを抱えて、どこかへ向かい出した。目が見えないから何が起きているのかわからない。
しばらく歩いて、扉を開ける音がした。

「ここは鏡の間。といっても、今の貴方は何も見えませんでしたね」
「鏡の間……どういう部屋なんですか?」
「この学園へ入学する生徒は、この部屋にある複数の扉をくぐってこの学園へやってくるのです。それまでの世界に別れを告げ、新しく生まれ変わる」
「………」
「あの扉の意匠にそんな思いが込められているのです。さて、長話はここまでにして、闇の鏡の前へ」

そっと下ろして、軽く背中を押された。
何だか神秘的のような不思議な空間だと思っていたら、何か気配を感じた。

「汝の名を告げよ」
「シュニーです」
「シュニー……。汝の魂のかたちは──」
「………」
「ディアソムニア寮に相応しい」
「ディアソムニア寮…?」
「ああ、よかったです。闇の鏡に魂の素質を認められました!」
「だが、この者に過去はない」

過去──
それを聞いて"過去"で何か使命を果たそうとしていたことを思い出した。

「過去がなくても現在と"未来"はあります。それでは、魔法士としての才が認められたわけですし、この学校の説明と寮について説明してさしあげましょう。私、優しいので」

再び、談話室に戻って一通り説明してもらった。
出してもらった紅茶を頂きながら、一息ついたところで真っ暗闇の視界で問う。

「あの、私はどうすればいいですか?」

闇の鏡に魂の素質が認められ、これから過ごす寮が決まった。手ぶらの自分に教育費やこれからの食費に関してどうしたらいいか悩んだ。

「この学園で過ごしている間は私の雑用…ではなく、お手伝いをしてもらいましょう」
「今、雑用って言いました?」
「ただのお手伝いではありませんよ。この学園の生徒として生活しつつ、私からや教師達の頼みを聞いてもらいます。その方がこの世界にも慣れるでしょう」
「記憶がない上に知らない国ですからね…」
「とはいえ、監督生に加えて素性がわからない者が途中入学すると怪しまれますね」
「私自身、記憶喪失でハッキリとした素性がわからないです…」

困りました。と二人同時に言ってしまった。
シュニーはどうにか自分の素性を思い出せないかこめかみを押さえた。

「ふふ、そうだ。こうしましょう」
「?」
「シュニー。貴方を私の養子にしましょう」
「養子ですか?」
「ええ。血縁関係と無関係に人為的な親子関係を結ぶことです。養子とはいえ、私の息子だから色々融通が利くでしょう。私、とびきり優しいので」
「あの」
「途中入学は滅多にないケースですが、私が特別に許可するのですから誰にも文句を言わせません」

教師達に適当に入学ができる年齢になるまで別世界で学んでいたものの、事故で記憶が失ってしまったと言えばいい。入学手続きの準備やら忙しいとボヤいているのを聞いて、シュニーは言いたいことがあった。

「学園長」
「それでは親子らしくありません」
「……お父様」
「何でしょう!!」
「私、息子じゃないです」
「え?」
「娘です」

一瞬の沈黙──ではあったが、二人の間に流れた時間はとても長いものに感じた。
服装が身動きの取りやすい軽装で、中性的な顔立ちと声。一人称だけでは女と思わなかった。
闇の鏡にも認められたから──

「何ということでしょう!!てっきり息子だと!!」
「娘だからって、不都合ありますか?」
「ええ、ありますとも!!ここは男子校ですから!!」

男子校と聞いて、シュニーは納得した。
自分の記憶喪失と素性問題、養子縁組と次々と問題を解決してきたが、性別はどうにもならない。

「しかし、この世界のことを知らず、才のある子を突き放すわけにはいきません。私、優しいの!!」

もう必死なのが伝わってくる。
彼の優しさも一応伝わっているから、仮に生徒として通うことができなくても、何らかのかたちで恩返しくらいはできるだろうと考えていた。

「今年はトラブルのオンパレードですから、この程度で狼狽える私ではありません。闇の鏡に素質があるのを認められた以上、仕方ありませんが女性のままでは困ります」
「じゃあ、どうするんですか?」
「1つ、君に魔法をかけます」
「魔法?一体何をするつもりですか」

シュニーからすれば、攻撃魔法と回復魔法と一時的に混乱や石化させる杖しか知らない。ただ魔法をかけると言われて無抵抗でいれるはずがなかった。

「安心してください。決して、君を傷つけるような悪い魔法ではありません。この学園で快適に過ごしやすいよう"変身"してもらいます」

学園長が杖を振ると、シュニーの身体が光の粉に包まれた。何か漂っていると気づいて無意識に目を瞑ってしまう。

「……?」
「慣れるまで苦労するかもしれませんが、君の身体を0時まで男性にしました」
「え!?」

身体に触れても特に変わった様子はなかった。どう変わったのかすらわからない。

「気をつけていただきたいのは、0時を過ぎたら元の姿に戻ります。朝の6時からまた男性の姿になりますので、くれぐれも周りに気をつけてください」
「冗談ですか?」
「冗談ではありません」

攻撃魔法でもない。回復魔法でもない。一時的に状態異常を与える魔法でもない。未知な魔法に実感がなかった。

「では、明日にマジカルペンと制服や教材を用意しますので、今日はここでゆっくりしてください。ここには教師ぐらいしか来ませんから大丈夫ですよ。私からディアソムニアの寮長と副寮長に途中入学した生徒がいること伝えておきます」

では、また明日。と言って談話室を出ていった。

「どうしてこんなことに……」

目が覚めてから何がどうなってるやら。
記憶も虫食いにあった葉のように穴が開いて、覚えていることはつぎはぎだらけ。記憶喪失だけじゃなく、失明もして敵に襲われた時はどうしようかと思った。

「そうだ。シュニー、明後日までにこの資料に目を通して覚えてください」
「目が見えないのにどうやって見るのですか」
「と、言うと思ったので視力を補う魔法をかけた仮面をお渡しします。何と細やかな気遣い! 私、優しすぎませんか?」
「まあ、命の恩人ですし優しい方だと思ってます」

仮面をつけてもらって、少し経つと暗闇からぼんやりと景色が見えてきた。
目の前にいた学園長が耳が尖っていて、黒い仮面をつけた"人ではない"者だと知って少し驚いた。

「つけ心地はどうですか?」
「悪くはないです」

この人が養父になったのかと思いつつ、仮面をつける前に受け取っていた資料に顔をしかめた。

「分厚すぎませんか?」
「記憶がなくなってしまった貴女が今、無理に思い出そうとするより、新たに覚える方がいいでしょう」
「辛辣ですね」
「その方が辛くないでしょう?」

今度こそ「では」と言って出ていった。
分厚い資料を見て、文字が読めることに安心しつつ、この学校の概要、魔法士とはなんたるかが書かれたことを読んでいると、窓から陽の光が差し込んできた。

「そういえば、時間を気にしてなかったけど、もう日の出の──」

一瞬、身体に痛みが走ったと思えば、光の粉に包まれていく。あまりの眩しさに目を閉じて、光の粉が消えた頃に目を開けたら流石に違和感があった。

「どうやら時間になったようですね」
「!!」

扉を開けて、学園長は何か面白そうな反応を見せた。
一体、何度この部屋を出入りを繰り返すのかすら言うのを忘れてしまった。

「時間って、さっき言ってた…?」

声が、低い。ふと、喉に手を当てるとなかったものがあった。

「今は男性の身体に変身してます。声の変化も魔法の効果です。髪色もよく似合ってますよ」
「えっ!?」

彼が手鏡を取り出し、そこに映し出されたのは、スノーホワイトの髪に肩幅が少し広い自分と思われる人物だった。学園長と似た形の白い仮面をつけているから素顔までわからない。

「男に……なっている……?」
「失礼しますよ。制服を用意するのに採寸を忘れてました」

どこからともなく出てきたメジャーを魔法で自在に動かして肩幅に当てた。

「あ、こういうのは初めてですか?身長と腕の長さを測るので立ってください」
「………」

まだ慣れない身体を立ち上がらせて、踵に重心をかけた。
手際よくサイズを測った彼はメモに数字を書いて、シュニーの顔をじっと見つめた。

「メイクの仕方も教えないといけませんが、式典服を着るのはだいぶ先ですし、まだ大丈夫ですね。それに仮面をつけているので、しばらく素顔を見られることはないでしょう」
「なるほど…」

色々と身なりを整える知識もいるのかと、思ってたより大変で心配になってきた。

「安心してください。私はシュニーの味方です。今は色々不安でしょうけど、頑張ってくださいね」
「はい。頑張ります」
「あ、今の親子っぽくありませんか?」
「そ、そうかもしれませんね…」

そう言われると、両親のこともうろ覚えだ。とても強くて、優しい人だった気がするけど、名前も顔も思い出せないから、今は義父になった彼に頼るしかない。
今日一日、談話室で過ごして、届いた制服とマジカルペンや他の荷物を抱えて寮へ向かった。


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