02.北風の決意
あれからジルチはアルスの森へ行くようになり、マジュとそのポケモン達とバトルや遊ぶ日々が続いた。彼女達にも自分がポケモンの技を使えること、空を飛べることを話すとマジュは自分の手を見て呟いた。
「あたいも何か炎の力が使えるみたいだけど、上手く扱えないから止められてるんだよな…」
「そうなんだ?」
「いつかジルチみたいに自在に操れるようになれたらいいけどなっ何かコツとかあるのか?」
「んーわたしは使えるってわかったのが無我夢中になってた時でこれといったコツはないかな…。あ!でも、お父さんが頭の中でこういう感じにしたいというイメージを絵に描いてごらんって教えてくれたよ!」
「へー!あたいもやってみよう」
「おやめなさい。森が一夜も経たず灰になります」
「何だよー!」
「エンテイもそうですが、消化活動をするポケモン達のことを考えて行動しなさい。…それにしてもジルチは器用ですね。マジュはすぐ暴走してしまうのに貴女はそうならないのですか?」
切り株に座って話してた2人の前にこの間、進化したシャワーズとゾロアークとスイが現れた。彼の手にはニドランのように切られたリンゴを乗せた皿を持っていて、ゾロアークがつまみ食いをしていた。
水の石で進化してからシャワーズはスイによく懐いててジルチは少し気になっていた。ゾロアークはイーブイと同じくらいの大きさからジルチとマジュより大きくなってよく肩車をしてもらった。
「こら、ゾロアーク。つまみ食いはマジュが真似するからダメだとあれほど言ったじゃないですか。蜜が詰まっているリンゴを選んで採ってくれた礼で切り分けてる時に1つあげたでしょう?」
『チェッ』
ゾロアークは3つ目に手を伸ばそうとしたのを阻止されて、頬を膨らませながらその場で一回転するとピカチュウに化けた。
『ピカッ』
胡座をかいて座っているマジュの元に走って足の上に座り、シャワーズも後を追ってジルチの隣に大人しく座った。
「今日のおやつはリンゴです。一緒にジャムを作ったので良かったら持って帰ってください」
「わーっありがとう!!」
「明日の朝飯は食パンに使ってくれよな!」
「うん!スイさん、いつもありがとうっ」
「えぇ。何か作って欲しい物があれば言ってください」
「うん!」
「ジルチ!これ食ったらかくれんぼだ!」
「いいよ!絶対見つからない自信があるよ!」
「あたいとゾロアーク達が全力で探す!!」
「シャワーズ、頑張ろう!」
『キュッ』
「……(とても微笑ましいですね)」
歳の近い子と友達になれて良かったと思いながらスイはその場を離れて森の奥へ入った。その姿は人の姿ではなく−北風の化身、スイクンの姿だった。
『……今日は人が来る気配もなく平和ですね。ゾロアークに進化して、幻を見せれるようになったので助かります』
『その幻を突破してくるのがあの小娘だろ』
『一丁前に電撃を放てるみてーだし、普通の子供じゃねえよな』
別々の場所からエンテイ、ライコウが現れて今マジュと遊んでいるジルチのことを話した。2匹はずっと前から知っているヒビキとはまた違う異質な存在をまだ受け入れられずにいた。
『彼女はマジュと同じなのです」
『は?嘘だろ?』
『あの方と同じ高貴なポケモンの血を引くのか?』
『どちらかと言えば私達と同じくらいの立ち位置でしょう。ですが、夢幻の旅人と呼ばれる方々とその夢幻と共に生きる水の民の血を引く子。……また会えるなんて思いもしませんでしたが』
『水の民ってスイクンが定期的にホウエンの地へ行ってまで会いに行ったヤツらのことだよな?確か外の人間のせいで滅んだよな?』
『口を慎みなさい』
『…うす』
『人とポケモン両方の血を流す者同士だからマジュに会わせたのか』
『えぇ。自身の力を向き合ういい機会ですが、彼女の前で暴走させる訳にはいかないと思いました。マジュより使いこなせていますが、まだほんの一部しか実力を出せてません。……いえ、その逆ですね」
『逆?』
『水の民らしくないのです。雰囲気は同じですが中身は別物です。今の彼女は夢幻に近い…』
『ふーん…?』
『もし彼女が水の民の力に目覚めたらマジュの暴走を止めれるかもしれません』
『何をするつもりだ?』
『……彼女はそろそろジョウトにあるジムを巡りで旅立つと言ってました。エンジュへ足を運ぶでしょうからあの方に"1つ"お願いしようと思います』
『本気か?』『マジかよ』
『私は本気です。マジュの為にも彼女の力が必要になると確信してます。夕方、彼女が帰る時に水の民に会って話をしてきます』
『『………』』
スイクンの一点の曇りもない眼差しに2匹はそれ以上疑えなかった。この目を見せるのはあの水の都が滅んでジョウトへ戻ってきた時以来だった。あの日からマジュの身の回りに気を遣うようになり、この森の警備を厳重にして侵入者には容赦がなくなった。
『スイクンがそう言うなら構わないがあの小娘は苦手だ』
『エンテイは苦手そうだよな。俺は何かこう…嫌いじゃねえけど噛みつきたくなる』
『噛みついたら凍らせます』
『じょ、冗談だって…』
ライコウはスイクンの前であまりジルチに対する冗談が通じないと思った。
アルスの森にいるポケモン達から近状報告を聞いて見回りをしているうちに日が沈みかかっていた。
『それではジルチを見送りに行ってきます』
『あぁ』『おう』
森にある湖の上を走って向こう岸にある森へ入ればその姿は人に変わった。そろそろ新しい衣装を考えておくべきかと考えていたらマジュの叫び声が響いた。
「何事ですか!?」
慌てて駆けつけると湖の近くでマジュが地団駄を踏んで暴れていた。
「どんなに探してもジルチとシャワーズが見つからねぇーっ!!!!姿を消してるのはわかっているからゾロアークとラルトスに任せてるのにお手上げだ!!」
「やれやれ、かくれんぼでしたか……。いきなり叫ぶから何かあったかと思いましたよ」
「スイさん、ゴメンね?」
「!!?」
ザバーッと音がしたと思えばすぐそこにある湖からジルチとシャワーズが出てきて次はスイクンが驚いた。
「湖から!?」
「えへへ!シャワーズと一緒に水の中に隠れてたんだよ!」
「あーっ水の中に隠れるとかずりぃー!!」
「マジュちゃんだってゾロアークの幻に隠れるじゃんっ」
「それがゾロアークの得意技だからな!」
「だったら私もシャワーズの得意技を使っただけだよ!」
「………」
隠れ方が普通じゃない2人にスイクンはため息をつきそうになった。さっきポケモンの姿で歩いてた湖の中にジルチが隠れていたのは予想外で内心正体がバレたんじゃないかと冷や汗をかいた。
「ジルチ、そろそろ帰る時間ですよ。ですが濡れたまま帰ったら心配されますね。何か拭く物を用意してきます」
「ん?大丈夫だよ?昔かくれんぼで水の中とか木の中に隠れて帰ってきたよ?」
「全く、マジュと同じお転婆ですね。風邪を引く前に帰りましょう」
「わかった。またね、マジュちゃん!」
「あぁ、またな!今度こそ見つけるからな!」
「あはは!次はどこに隠れようかなっ」
バイバイと手を振った2人はまた遊ぶ約束をした。こんな日々が続くのなら1番いいけれどそういう訳にはいかない。この2人は人の子だから成長して、いつか夢や目標に向かって歩み始めるのだ。
ジルチの夢はジョウトへ引っ越す前に約束した幼馴染と同じポケモンリーグを目指す。マジュは旅に興味を持ち始めたからいずれ同じ道へ進むかもしれない。そうなれば私達はマジュの道について行こうと決めていた。
アルスの森を抜けていつも通りワカバタウンの手前で別れると思っていたら、スイクンはジルチの手を繋いだまま歩き続けた。
「スイさん?」
「ジルチのお母様にご挨拶と遊んでたとはいえずぶ濡れになってしまいましたからね。その辺りの事情を話しておこうと思い、私もワカバタウンへ行きます」
「いいの?」
「えぇ」
「やった!お母さんにスイさんのことを話したかったのっ」
「そうなのですか?」
「うん!とっても綺麗な人で料理が上手って!」
「…そこまで褒めていただけるなんて光栄です」
ジルチの満足そうな笑みを見て昔に都で会った少女の面影が重なった。
ワカバタウンにある研究所の前に来るとちょうどシズクが出てきた。
「お母さん!ただいま!!」
「お帰り。ずぶ濡れになってるけど今度は何したのかしら?あら…?」
「こんばんは。今日マジュと遊んでいる時に湖の中に隠れて遊んでたようで、このような姿で帰らせてしまい申し訳ございません」
「大丈夫よ。この子、前にも同じことをしたから。こちらこそ心配をかけさせてすみません」
シズクは頭を下げるとスイクンは困った顔をしたからジルチはシズクの服を引いて持っていたジャムの瓶を差し出した。
「これスイさんが作ってくれたんだよ!朝ご飯の時に使っていい?」
「良い物を頂いちゃったわね。今度お礼をしなきゃね。……ジルチ、ジャムを冷蔵庫に入れてお風呂に入ってきてくれる?風邪を引いたらお友達が心配するわ」
「わかった!!またね、スイさんっ」
「えぇ」
ジルチはジャムの瓶を持って研究所の中へ入って行ったのを見届けた2人はしばらくお互いを見つめ合った。
「……いつ振りかしら。スイクン」
「気づいてましたか」
「もちろんよ。貴女の気配は昔から知ってるから姿を変えてもわかるわ。どうしてアルスの森に?」
「先程話に出たマジュという娘をとある方から預かってまして、今はそこで暮らしてます。シズクは…ホウエンを去ってここで暮らしてるのですか?それに彼の気配がありません」
「彼は今も昔も変わらず都を守り続けているわ。私達はホウエンから離れて静かに暮らしている。なかなか普通の世界に入り込めなくて悩んでたけど、自分の知識を求めてきた人達のお陰でここまで来れたの。いつかジルチに私達の素性を話さなきゃいけないと思ってる」
「その件で私から貴女にお話ししたいことがあります。ここだと人目が気になりますね…」
「じゃあ私がアルスの森の方へ行くわ。ジルチをここまで送ってくれたから今度は私がスイクンを送る番」
「よろしいのですか…?」
「えぇ!さぁ、日が沈んでしまう前に行きましょう?」
「日が沈んだら見送ります」
「それじゃあ意味がないじゃないっ」
「話を手短に済ませますのでお付き合いください」
「そういう所、昔から変わらないわね」
「シズクも変わってませんよ」
「……そうとも言えないわ」
シズクの表情はさっきと違って寂しげな感じがあってスイクンは違和感を覚えた。本来の都を失ったあの時ほどの喪失感とは別の何かなくなったような気がした。
アルスの森に続く道の前に立ち止まってスイクンは軽く頭を下げて本題に入った。
「マジュという子はジルチと同じポケモンの血を引く子です」
「そうなの!?」
「えぇ、あの子の力は炎を司るものですが制御ができず暴走してしまいます。それに対して水の力を持つジルチなら止められると思ったのですが、彼女は水の民と言うより夢幻の力の方が勝っているのです。その事をお聞きしたくて…」
「……それは私に原因があるわ」
シズクは右手を上げて何か力を込めたようだが何も起きなかった。近くにある水溜りが何も変化なかったことにスイクンはまさか…と口を開けた。
「都が滅び、封印したことで私の中にあった水の民の力は半分以上失ったわ。今の私には水を操る力はないの。水を介して水タイプのポケモンと言葉を交わすぐらいしかできない…。それを知っててジルチを産んだからきっとあの子の力は水の民の力がなくて彼に偏ったと思う」
「そうでしたか…。ですが、私から見て彼女の中に水の力を感じます。もし都を復活したらシズクの力は元に戻り、ジルチの中に眠る力が目覚めるのでは?」
「でも都の復活には水の巫女の継承が必要よ?私は…正式に引き継いでないし、あの時に母様は亡くなったわ。水の力を失った私には巫女を継承できない。都の復活なんて……夢みたいなものだわ」
「諦めるのはいけません!」
「!!」
「彼が今も都を守り続けているのは僅かな希望があるからじゃありませんか?北風の化身でもある私が感じるあの力を間違うはずがありませんっ」
「えっと……スイクン…?」
「…声を荒げてしまい申し訳ございません。私もあの都を守れなかったことを悔やんでます。そして同じく復活を望んでいます。シズク、私は先代巫女の娘と護神の間に産まれたジルチに水の巫女を継承できると思います。その為に私はあの方にとあるお願いをしようと考えてます」
「お願い?」
「この地に伝わる2つの加護を授けます。そして彼女がトレーナーとして成長していけば自身の力をもっと引き出せるでしょう。その力を使って儀式を行うのです」
「……水の民の力ではなく、ポケモンの力を使って儀式を…?」
「不可能ではないと思います」
「そうね。不可能じゃないと思う。この事もあの子が旅立つ日に話すわ。スイクンのことは伏せておくから大丈夫」
「よろしくお願いします」
「スイクン、ありがとう。私、都を…大切な故郷を、取り戻したい…取り戻したいわ……っ」
「えぇ、取り戻しましょう。だから泣かないでください。貴女は昔と同じように笑顔でいてください」
あの時の少女が女性になってもスイクンはその頃と同じように頭を撫でて慰めた。夕焼け空に輝く一番星を眺めながらこれからの道のりが平和である事を祈った。