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01.森の番人
 ジルチと母のシズクがマサラタウンからワカバタウンへ引越しして数週間が過ぎた。同じ町に住む友達ができてから楽しい毎日が続き、ウツギ博士の手伝いでワカバタウンからヨシノシティ周辺で生息するポケモンについて調べていた。
そんなある日、シズクの部屋でワカバタウン周辺のマップを見ていたら隣にあるアルスの森を調べていない事に気づいた。

「私、隣にあるアルスの森に行ったことがない…」

別に行ってはいけないと言われていないし、ウツギ博士には町の方面を調べて欲しいと頼まれていたから森の存在を忘れていた。

「難しい顔をしてどうしたの?」

「お母さん!あのね、ワカバタウンの隣にあるアルスの森に行ったことがないから気になるの」

「アルスの森…確か少し変わった森で、聞いた話じゃジョウト地方にいないはずのポケモンが生息してるみたいよ?」

「本当!?私、見たことないポケモンを見たいから行っていい?」

「私はジルチが一人前のトレーナーでバトルも上手だからいいけど、ウツギ博士に聞いてみないとダメかもしれないわ」

「あ…そうだよね。じゃあウツギ博士に聞いてみる!」

ジルチは床に置いてた鞄を持って部屋から飛び出し、階段をを駆け下りて1階の研究室にいるウツギ博士の元へ向かった。

「ウツギ博士ー!!」

「うん?どうしたんだい、ジルチちゃん?フィールドワークで何か気づいた事があった?」

「違います!隣にあるアルスの森に行ったことがないから行っていいですか?」

「アルスの森かい?んー…」

「ダメ……ですか?」

「いや、ダメじゃないよ?ただ他の森と違うからジルチちゃんだけ行って大丈夫か考えていたんだ」

「私だけじゃないですよ!ラクライもイーブイもヒノアラシもいますっ」

「あははっそうだったね!1人じゃないから大丈夫!夕暮れ前には帰ってきてね?」

「はーい!行こう、ヒノアラシ!」

『ヒノッ』

ヒノアラシと一緒に研究所を出て行ったのを笑顔で見送ったウツギ博士はカレンダーを見て、顔を青ざめた。

「しまった!今日は火曜日…!!"彼"が見張り番の日だ!」

アルスの森にはジョウトにいないポケモンの他にある場所を守る為に見張りをしているポケモン達がいる。ウツギ博士は彼らとは面識があり、たまに会いに行ったりするがその事をジルチに言うのを忘れていた。

「流石に戦いを挑んだりしないとは思うけど…」

結構バトル好きだから腕試しをするかもしれないと思うと、行くなら明日にするよう言えばよかったと少し後悔した。

 アルスの森に入ると意外と深く、木々の間から太陽の光が射し込んで鮮やかな景色だった。近くで見たポッポやオタチだけでなく、ホウエン地方で見たキャモメやスバメ、ジグザグマも見かけてジルチの心はワクワクしていた。

「ホウエンで見たポケモンもいる!あのポケモンは見たことがない…図鑑にかざしてもわからないってことはカントーとジョウトにはいないポケモン!」

ポッポと似たような鳥ポケモンを見かけて興味津々になって森の奥へ行くと、野生のポケモンが見かけなくなって不思議な雰囲気のする場所にたどり着いた。

「……?何だろう。この周辺はとても静か…」

何かあるのだろうかと先へ進むとポケモンの唸り声が聞こえてジルチは立ち止まった。

「今の声はポケモンの…?!」

周りを見渡してもその姿は見当たらない。しかし、明らかに敵意が自分に向けられているのは気づいた。どうするべきかヒノアラシと相談しようとした瞬間、目の前に火柱が上がった。

「きゃっ!!」『ヒノォ!』

もの凄い熱気が伝わってきたから逃れようと1歩離れて閉じてしまった目を開けたら炎の向こう側に伝説のポケモン、エンテイの姿があった。

「え…うそっ!?エンテイ!?」

『……子供が迷い込んだか?』

まさか話しかけられるとは思わなくて驚いたけど、自分は迷子になってる訳じゃない。

「迷ってないよ!私はこの森がどんなところか調べに来ただけっ」

『調べに来ただと?ならば、今すぐ去れ』

「何で!?」

『他所の人間が不用意に来るような森ではない。我が炎に焼かれたくなければ去れ!』

「いや!!」

『ならば−』

一触即発な雰囲気になり、エンテイの炎が襲いかかってくるのを身構えていたら目の前の炎を消すようにどこからともなく水が降りかかった。

「一体何事ですか」

「!!」『!!』

凛とした声が響き、どこからか風が吹いたと思えば綺麗な男性がエンテイの後ろから現れた。

『む…この子供が迷い込んだから追い払おうと威嚇して、泣いて逃げると思いきや立ち向かってきた。だから−」

「だからと言って森を焼きかねないくらいの炎を出してはいけません。森が焼けてしまっては騒ぎが大きくなる一方です」

「えっと……」

エンテイと対等に話す彼が何者かわからないけれどトレーナーという感じでもなさそうだった。ジルチはどうすればいいのかわからず、ヒノアラシを抱いて2人を見ていたら男性と目が合った。

「これは失礼しました。……?もしかして貴女は…」

『おい、いくら子供だからって近寄るのは危険だ』

エンテイの制する声を聞かず、彼はジルチの目を見てまっすぐ歩み寄ってきた。

「………」

ルビーのような赤い瞳に見つめられたからエメラルドグリーン色の瞳が揺れ動いた。綺麗な人に見つめられる経験がなかった彼女は緊張して胸が高鳴った。

「やはり…。エンテイ、この子は森の奥へ行っても大丈夫ですよ」

『……正気で言ってるのか?』

「正気です。私はスイと申します。貴女のお名前は?」

「私はジルチ!ワカバタウンに住んでますっ」

「そうですか。この森の奥は私達が住んでいる場所です。貴女と年の近い子がいるのですが、良かったら話し相手になってくれませんか?」

「私でよければ!でも、どうしてその子はこの森に住んでいるの?」

「それは秘密です。さぁ、行きましょう」

「うん!」

『………(他の人間に興味を示すなんて珍しい)』

エンテイは不機嫌そうに歩きながら森の奥へ向かった2人の後を追いかけた。
森の奥へ進むにつれて野生のポケモンの姿が全く見なくなったが、木の実と果実が成る木を多く見かけて木漏れ日が心地いい場所にその子はいた。

「マジュ。この森に遊びに来た子がいますよ」

「………」

「起きなさい!もうお昼過ぎですよ!!」

『フンッ』

エンテイがマジュという子がもたれて寝ている木に体当たりをし、上から落ちてきたリンゴが頭に当たった。

「痛っ!!もーっ何だ!!」

「何だかんだもありません。お昼過ぎても寝ているのが悪いのですから」

「だからってリンゴをぶつけるなよ!!って、隣にいるの誰だ?」

「この子はジルチ。さっき威嚇するエンテイに立ち向かおうとした子です。ヒビキと同じワカバタウンに住んでいる子だから連れてきました」

「こ、こんにちは!」

「へーそうなんだ。あたいはマジュ!リンゴ食うか?」

「わっ!」

有無も言う前にマジュはリンゴを投げてジルチは落とさないよう両手で受け止めた。

「ここのリンゴはうめぇからな!ところで何しにこの森に来たんだ?」

「私はウツギ博士のお手伝いでワカバタウン周辺のポケモンについて調べてたけど、この森に行ったことがなかったから来たの。そこでエンテイと出会っちゃって…」

「今日この森に来たのは運が悪かったな…」

『おい、そんな事を言うな』

「明日でしたら私が見張り当番だったので騒ぎにならずに済みましたね」

『1番侵入者に対して容赦ない奴が言うか?』

3人のやり取りを見ていたら何だか家族のような感じがしてきた。ジルチは何だか不思議な人とポケモンと思い、持っていたリンゴを食べようと視線を下に向けたら、黒っぽくイーブイに近い感じのポケモンが足元にいて視線はリンゴに向いていた。

『クォン?』

「君もこの森に住んでいるの?」

『クォッ』

「お、ゾロアじゃん。そのリンゴはジルチにあげたからお前のはこっち」

起こされた時に落下してきた別のリンゴをゾロアに向けて投げたら彼の頭上を越えてしまった。

「悪い!」

「マジュ!食べ物を投げるんじゃありませんって何回言えば−」

「そうガミガミ言ってたらツノが生えるぞ?」

説教が始まったからジルチが投げたリンゴを取りに行こうと後ろを振り返ったら、見知らぬ青年がリンゴを片手に不思議そうな顔をした。

「子供がまた来たのか?それとも連れ込んで来たのか?」

『この子供が森に来て追い払おうとしたらアイツがマジュの所まで連れ込んだ』

「マジかよ」

「この森ってあまり知られたくないの?」

「そりゃ当たり前だろ!理由は言いたくねーけどな」

彼の視線は説教中の2人に向いていたが気づいていない様子。

「……お前もここに来たって事を大人に話すんじゃねえぞ」

金髪の彼に低めの声で言われてジルチは何度も頷いた。

「んじゃ、悪さはするなよ」

彼が持っていたリンゴをゾロアに渡してどこかへと立ち去って行き、気づけば隣にいたエンテイも姿を消していていた。そよ風が吹いて木々が掠れる音とまだ続く説教の声だけが残った。

「………」

『クォ!』

「ん?あれ!?」

ゾロアの足元と自分の手にあるリンゴがいつのまにか半分に切り分けられていて食べやすくなっていた。リンゴの半分をマジュに渡そうと思い、勇気を出して説教中の中に飛び込んだ。

「マジュちゃん!半分こしよっ」

「おっサンキュー!」

「全く…」

それから3人で会話をしていると日が沈みかかっているのに気づいた。

「あ!そろそろ家に帰らなきゃ」

「では、私が森の出口まで見送りましょう」

「ありがとう!」

「ジルチ!また森に遊びに来い!!今度はあたいとゾロア達と鬼ごっこだ!」

「いいよ!鬼ごっこと隠れんぼは得意だからっ」

「楽しみにしてるからー!」

お互いに手を振ってスイの案内で森の出口まで送ってもらってる時にジルチはヒノアラシからイーブイに入れ替えて一緒に歩いていた。

「ねぇ、スイさん」

「はい。何でしょう?」

「私、マジュちゃんとお友達になれるかな?」

「勿論ですとも」

「みんながこの森のことを秘密にしてるのと同じで私にも秘密があるの」

「?」

「先にスイさんだけ教えるね。私はポケモンの技が使えたり空を飛べるの!」

ジルチは深呼吸をして身体の内にある力を解放すると背中に半透明の翼が生えた。その瞳はさっきのエメラルドグリーンではなく、金色に変わっていたのを見たスイは静かに見守っていた。

「ポケモンのようにスゴい威力は出ないけど、トレーナーとしての実力上げながら私自身も強くなりたいなーって」

フワフワと飛びながら両手に力を込めて電撃を走らせた。普通ではない光景を目の当たりにしたにも関わらず、彼はジルチの手を取って微笑んだ。

「…いつかその力でポケモンや大切な人を守ってください」

「うん!」

目を閉じて着地をしたら翼は消えて眼の色も元に戻った。ポッポの群れが木々に戻っていくのを見ながらずっとまっすぐ歩いて森の出口に着いた。

「それじゃあ、また明日来るね!」

「お待ちしております」

ジルチとイーブイが町へ走っていく後ろ姿を見えなくなるまで見送ったスイは目を閉じた。

「あぁ…まさかここで水の民に会えるなんて思いもしませんでした。もしかして、あの子の親である彼女はホウエンを去ってこの町に暮らしている…?」

スイは夕焼けの空を見上げて森の中へ戻る時に北風が吹いて若葉を空高く舞い上がった。
 
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