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紅葉と桔梗の邂逅
 彼と初めて会ったのは、私が"訳ありの幹部"に就任して数日後のこと。
サカキ様から出される指令をこなしつつ、組織内の情報を集めながら徘徊していた。

「おはようございます!」

「あぁ」

幹部の制服を着ているからすれ違うしたっぱや研究員達に、挨拶や頭を下げられるから軽い返事だけした。

「やはり、悪の組織の中で最も大規模なだけあるな」

サカキ様のおかげで部下を持たず、自由に動けるから助かっている。そんな中、研究施設の方面へ向かう集団とすれ違った。

「例のポケモンの調整は最終段階だ。そろそろ−」

研究員同士話し合ってる中、1人だけ違う気配を感じたから私は集団に目を向けると−

「………」

「………」

幹部の制服の上に白衣を着た桔梗色の瞳の男と目が合った。その集団の中に幹部がいるとは思わなかったが、後々調べたら研究員でありながらバトルとハッキングといったことも熟す者だと知った。

「父親は科学者で一緒にいるのか。家族で組織にいるとは色々苦労しそうだ」

自分には育ての親である先代しかいない。実の親は先代と一緒に見つけて"罰した"からいないのも同然。

「ミカゲ、か。所属は違うが同じ幹部だから覚えておこう」

彼……ミカゲという男が、他の団員や幹部と違うものを感じた理由が彼の手持ちポケモンにあった。私と同じで懐かなければ進化しないポケモンがいたから。
一言で言うなら悪の組織に似合わない男だった。

 身内の情報屋から得た話で、ロケット団に所属していた研究員が別の場所で活動してるのを知った。いつも通り事前に建物周辺を調べてから侵入した。

「クロバット」

『ククッ』

彼の発する超音波の周波数を読み取って、端末に表示された結果に首を傾げた。

「1人増えてる。研究員以外の可能性があるな。場所はー」

端末の位置情報を調べて真っ先にその人物の元へ向かった。

 前日、ブラッキーと夜の散歩をしていたら街中で別のブラッキーと出会った。近くにトレーナーの姿はなく、1匹で彷徨くのは珍しいと思っていたらミカゲのブラッキーに何か伝えた。

「どうした?」

2匹についてくるよう言われて後を追いかけたら装飾屋に着いた。

「確か……コガネで有名な店だと誰かが言ってたな」

『キュ』

そのブラッキーは装飾屋の裏口に案内して店内へ招いた。中に入るのは流石に警戒するし、何で招かれたのかさっぱりだった。ミカゲのブラッキーもやや警戒しつつ、どうする?という顔で見上げた。

「おや、ブラッキーが招いてきたから誰やと思ったら誰や?」

「誰だと言われても俺だって、ここまで招かれた理由を知りたい」

カップを片手に出迎えてきた男性に警戒したミカゲは裏口から一歩下がった。

「ブラッキーが家に招く……それはアイツと同じ気配を感じたからやな。なぁ、ロケット団の元幹部君?」

「!!」

「あーまーそう睨まんとって。これも何かの縁やろ。立ち話もアレやし上がってきや」

「上がる理由はねえよ」

「つれへんなぁ…。さっきまでアンタと同じ、ロケット団の元幹部がおってな。俺から当時の研究員が集まって、また研究してる話を聞いてすっ飛んで行ったんやけど」

「ロケット団の元幹部に……当時の研究員が?」

「興味あるやろ?」

「………」

ないと言えばないし、今の自分には一切関係ない話。ロケット団の元幹部が当時の研究員に何の用があるのか気になるけど、大方ロクなことではないだろうと思った。

「せや、自分も幹部やったから知ってるやろ。銀髪の女幹部。その幹部が当時何してたか知らん?会っても何も教えてくれへんし、基本音信不通やから親父が心配しとってさ」

「確かにその女幹部はいたが、俺は研究員だから詳しく知らねえよ。噂に聞く程度だ」

施設内でその女幹部とすれ違ったことがある。ミカゲもあの時に目が合った紅葉色の瞳は、悪の組織にいる人間というよりその裏側にいるような感じだった。ランスとその幹部に関して話したことはあるが、信用していいのか怪しいままロケット団は解散となった。
今となっては行方の知れない元幹部に興味はない。

「相変わらず交流せえへんなぁ……。それこそ"正義の影"に相応しい立ち回りやけど」

「正義の影…?」

「自分も研究員ならどんな研究してるか気になるやろうし、あれやったら行ってみ。ロキが全部消してまう前に回収しいや」

足元に来たブラッキーの口にくわえていたメモを受け取ってしまい、ミカゲはしまったと思って視線を男性の方に向けた。

「研究頑張りや。ミカゲ君」

笑顔を見せたその男性の目は、ほんの一瞬だけ鋭いものになったから鳥肌が立った。久しぶりに感じたものに身体が固まっていたら裏口の扉が閉まった。

「……してやられたな」

『…?』

「俺もブラッキーもな」

ブラッキーは、いつの間にか飴の入った小袋をくわえていた。

 座標だけ書かれたメモを受け取ってしまったから気になって行ってみれば、怪しげな建物があった。

「別に正義感というわけじゃねえけど、まんまと釣られたって感じが癪に触る」

建物内にあるパソコンからハッキングして研究内容を見れたら充分。別に自分がどうこうするつもりはないと考えていたら、ブラッキーが耳を動かして後ろの扉に警戒した。

「誰か来たのか?」

マウスを動かすのをやめて戦闘態勢に入ると、扉がゆっくりと開いた。

「………」

コツ…と、ブーツの踵で床を鳴らしたその人物は銃を片手に入ってきた。

「こんな所で会うとは奇遇だな」

「お前は……あの時の」

ブラッキーに威嚇されてもその目はまっすぐとミカゲを見ていた。

「何しに来た」

「俺はよくわからない男に座標渡されて来ただけだ」

「何?アイツがここの座標を教えたのか?」

「何でか知らねえけどな。俺が今でも研究していることも知ってるし、ロキが全部消す前に回収しろと言われたが……大した研究内容じゃなかった」

「じゃあ、用が済んだということだな?」

「!」

ロキは銃をホルスターに収めて、ミカゲにUSBを投げ渡した。

「それを差し込めば勝手に全データのコピーと消去をする。私は中にいる研究員の動きを封じる」

「お前、警察だったのか?」

「違う」

即答されてミカゲは疑問でしかなかった。元幹部が研究員の味方でもなく、敵だと思う警察でもない。目の前にいるロキが何者なのか見当がつかなかった。

「先に行ってくれ。動きがあったら報告だ」

クロバットに指示を出して先に向かわせたロキは、端末を操作して後ろポケットにしまった。

「私は正義の影といったところだ。……いや、今となっては亡霊だがな。ミカゲが敵じゃないなら牙を向ける気はない。ロケット団にいた頃から悪に向いてない男なのはわかっていたけどな」

「………」

それだけ言ってロキはクロバットの後を追いかけていった。

「だからと言って、協力するかどうかわからない俺にこれを渡すか?」

ミカゲもロキと敵対するつもりはないけど味方とは言い切れない。大した研究内容ではなかったけど、これからの実験にポケモンが犠牲になってほしくないからUSBを差し込んだ。

 研究データがある部屋に入れば元幹部のミカゲがいるとは思わなかったし、コテツがここの座標を教えたことに驚いた。

「妙な巡り合わせだな」

ここにいる研究員とは関わりがなく、あまり興味がなさそうだから都合がいいと思った。普段ならあり得ないけど、使おうとしたUSBを彼に渡した。

「仮に持ち逃げされても追跡できるから問題ない。そのUSBにハッキングしようというなら相手してやろう」

ちょうど役割分担もできたから私は別室に集まっていた研究員達の動きを封じに向かった。
クロバットに全員いることを確認して中に突入すると、ぐったりと横たわるオオタチが檻に閉じ込められていた。

「何者だ!!……はっロキ様!」

「久しいな。研究員共」

「我々が密かに研究していることをどこで知ったのですか?ここは3人だけしか知らない施設ですよ?」

「私は影だからな。情報を得るなら手段は選ばない。そして、非人道的な悪の芽が出る前に摘む者だ」

クロバットが動き出したのと同時に研究員もベトベターを繰り出した。

「エアスラッシュだ」

研究員相手なら3対1でも対処はできると思って、バトルに集中してたら研究員の1人が引き出しから何か取り出したのが見えた。

「元幹部だろうと関係ない!」

「ッ!」

−油断した。
発砲音に気づくのが遅れて急所をずらすことしかできなかった。視界の端に見えた赤い飛沫を気にすることなく、ウエストポーチの裏側に隠してた銃で2発目の弾を撃ち落とした。

「この!」

「遅い」

「ぐあっ!!」

3発目を放つ前に右手を撃って銃を手放した隙に、私は左手でボールを持ってフシギバナを繰り出した。

「ねむりごなだっ」

狭い部屋中にねむりごなを散布させると、クロバットは逃れる為に私の元へ戻ってきたからボールに戻した。彼の放つねむりごなは強力で、逃れることができなかった研究員とベトベターは床に倒れた。

「段取りを間違えたが撤退だ」

『バァナ』

フシギバナを戻した時に研究員だからこそポケモンじゃなく、自分が扱える武器に頼るというのを思い出した。

「力のない人間は、そういう生き物だったな…っ」

とりあえず撃ち抜かれた左肩を襟巻きで止血をして、檻に閉じ込められたオオタチを抱えた。最悪な容態に近くのポケセンまで間に合うか怪しかった。

「………」

「おい。今、銃声が聞こえたが−」

粉っぽい部屋を出たらミカゲが駆けつけてきたのことに少しばかり驚いた。

「そのオオタチは?」

「研究員に薬物実験をされたようだ。かなり衰弱してるからすぐにポケセンへ運ばねば間に合わない。ミカゲ、USBは」

「しっかりコピーして消去した。お前、その怪我はさっきの銃声か」

右手でしっかりオオタチを抱えてるから、左手でUSBを受け取ったら左肩の怪我を見られた。

「研究員だと油断して撃ち抜かれた」

「……その状態でポケセンに行ったら色々怪しまれるだろ。俺の知り合いに医者がいるからついて来い」

「オオタチを頼む」

「お前もだ」

「なに…?」

「医師免許は持ってないが腕は確かだ。ロケット団元幹部だけじゃない事情があるならポケセンに行くよりいいだろ」

「……助かる」

「怪我をしてる奴を置いて行ったら、あいつに何言われるかわかったもんじゃない」

何だかんだ言いながら私が抱えていたオオタチをミカゲが抱えて、その友人の診療所まで案内してくれた。

「ミカゲが来るなんて珍し……ちょっと!そのオオタチどうしたの?!」

「ツバキ、詳しくは後で話すからすぐに診てくれ」

「わかった!あと、後ろにいるお姉さんも椅子に座って!!」

「………」

ツバキという医者はベッドにオオタチを寝かせて医療器具をいくつか用意した。彼があれこれしてる間にUSBと端末を接続して、研究内容を確認した。

「……毒か。ドククラゲの触手の毒素を濃くしたものを使用したそうだ。その手の解毒薬を投与すれば症状はよくなると思うが……オオタチの体力次第だ」

「奴らが考えそうな実験だな」

「酷い……。俺は絶対この子を助ける!」

棚から瓶を何個か取り出し、治療をしてしばらくしたらツバキは安心したような表情を見せた。

「解毒薬を投与して容態が良くなってきた。お姉さんが言う通り、オオタチの体力次第だけど一命を取り留めたよ。で、お姉さんの名前は?」

「……ロキ」

「うん、ロキさんね!俺はツバキ。それで肩どうしたの?止血はしてるみたいだけど……」

「こいつは銃で撃たれたから診てやってくれ。無表情だけどかなり痛いはずだ」

「痛いが生活に支障はないし、撃ち抜かれたから肩に弾は残っていない」

「ダメ!絶対ダメ!」

鬼の形相……とまでは言わないが、ツバキの表情は怒っていた。

「消毒するからジッとしてて!」

「………」

止血で使った襟巻きを自分で外そうとしたらツバキにダメッと言われて、頬を膨らませたから右手を下ろした。
先代から信用できる医者の言うことは聞けと言われてるし、瀕死のオオタチを助けてくれたから悪い人間ではないと思った。

「素直に言うことを聞くんだな?」

「医者の言うことは聞けと教わってるからな。一応聞くけど、少しでも怪しい動きをしたら倒す」

「ちょっと、物騒なこと言わないでくれる?」

襟巻きを外し、丁寧に傷の手当てをして包帯を巻いてくれた。その手際の良さはミカゲの言う通りだと思う。

「すまない。助かった」

「医者だから当然!」

「後日、改めてお代と礼をしに行く。ミカゲ、協力してくれて感謝する」

「待ってるね!」

「あぁ。そのUSBはどうするつもりだ?」

「匿名で本部に提出する。今頃、研究員共は身柄を拘束されてるだろうけどデータはここにあるからな」

「………(やっぱり警察関係じゃねえか)」

ミカゲの視線を無視して、襟巻きを巻いた私は診療所を後にした。コガネには情報屋といい、診療所といい……いろんな者がいると思った。賑やかすぎる街を去って、ピジョットに静かな夜空まで飛んでもらった。

「メタモン。いつも通り報告を頼む」

『ニョッ』

メタモンにUSBをGメン本部に届けてもらって、シロガネ山の麓にある家へ帰宅した。

 翌日、チョウジタウンにあるお土産屋でいかりまんじゅうを買った。

「……少し買いすぎたか」

両手に持ったいかりまんじゅうの袋を見て、ツバキに渡すにしては多すぎると思った。

「華奢な身体にいかりまんじゅう2個で充分そうだ」

多かったら周りにお裾分けして貰えばいい。そんなことを考えながらピジョットにコガネまで頼むと言った。

「さて、と」

ツバキの診療所に着いたけど、いるのかどうかがわからない。クロバットに調べてもらおうと思ったら扉が開いた。

「いらっしゃい、ロキさん」

「あぁ。これは治療してくれた礼だ」

「いかりまんじゅう!!こんなにもいいの?!」

「多かったら周りにお裾分けするといい」

「ううん。俺が全部食べる」

「……?」

その身体にいかりまんじゅうを何個入れる気だ?
思わず出そうになった言葉を飲み込んで、帰ろうとしたら右手を掴まれた。

「せっかく来たのだからオオタチに会ってあげてよ。それと、ロキさんガーゼ変えた?付けっぱなしもよくないから変えないと。で、いかりまんじゅうを一緒に食べよ!」

オオタチの様子も気になるし、書類をまとめてて左肩の傷の存在を忘れていた。買いすぎたいかりまんじゅうを一緒に食べるのも……悪くない。

「………いいだろう」

どれか1つ断ったら手を離してくれなさそうな気がしたけど、断る理由がなかった。この後、私の返事に嬉しそうに笑う彼のペースに乗せられていくとは思いもしなかった。
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