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時を超えた奇跡
 定期的な里帰りでロータから帰ってきたツァイト達は、ミオシティにある船着場から出て大きく息を吸った。山奥とは違った冷たい空気が長い船旅をした身体に染み込む。

「……シンオウも故郷に帰ってきたと感じてきたな」

『この時代、この土地に住んで慣れてきたからだろう』

「あぁ。時渡りした頃と比べたら馴染めてる気がする。ルカリオ、船旅で疲れただろ?いつもの喫茶店でひと休みをしないか?」

『そうだな。朝早くから開いてる店はあそこしかない』

テラスのあるお気に入りの喫茶店へ向かうと、店員さんが立看板を出しているところだった。

「おはようございます」

「いらっしゃいませ!おはようございますっ」

名札の横に研修中と書かれたクローバーのバッジをつけた店員さんは元気よく挨拶をしてくれた。

「テラスで軽食をいただきたいのですが大丈夫ですか?」

「はい!空いてる席へどうぞっ」

「ありがとうございます」

ツァイトとルカリオは空いてる席へ座って帽子をテーブルに立てかけた杖に引っかけた。メニュー表を見ながら何食べようかと考えていると、お水を運んできたのは知ってる店員さんだった。

「あら、素敵な衣装を着た男性が来たって店の子に聞いたけどツァイトさんじゃない!」

「おはようございます」

「おはよう!いつもと違う服装だけど、これからお出かけ?」

「いや、3日ほど故郷へ帰って近状報告をしてきました。この衣装は新しく仕立ててもらいました」

「あら、ステッキも新調した?前のは長かったけど、新しいのは背丈に合うようにしてもらったのね」

「丈夫で持ちやすさを重視したものを頂きました。前のと違って軽いので少し物足りなさはあります」

「おばちゃんから見たら今のステッキが似合ってると思うわ。今日は何にする?朝だからガトーショコラのセットはまだ早いかな?」

「そうですね。長い船旅をして帰ってきたばかりなので軽めのものを。このハムサンドのセットをお願いします」

「ハムサンドのセットね!あ、そうそう!ツァイトさんが里帰りしてる間に身代金を要求する誘拐事件がシンオウ各地で起きてるの」

『物騒だな』

「そんなことが…攫われた人は無事でしたか?」

「身代金を払ったらすぐに解放されたけど、ジュンサーさんの話じゃ犯人の情報はあまり入手できなかったみたい。あなたは強いから大丈夫と思うけど気をつけてね?それじゃ、すぐ持って来るから!」

店員さんが笑顔で店内へ戻っていったのを見届けたツァイトは、持ってきてくれたグラスの水を一口飲んだ。

「人攫いか……。明日、その事件について調べてみるか」

『帰る前に今日の新聞を買っていこう。何か載ってるかもしれない』

「あぁ。今の時代でも人攫いはいるんだな…」

『攫ってそのまま別の場所へ売られていないだけマシかもしれないが』

昔ほど物騒じゃないとは思うけど事件は起きるもの。ツァイトはこの事件の解決に協力して、これ以上被害者が出てほしくないと思った。

「お待たせしました!新作クッキーの試食もあるのでよかったら食べてくださいっ」

「ありがとうございます。会計の時に感想を言いますね」

「あっはいっ!!」

研修中の店員さんは微笑むツァイトを見て、あたふたしながら店内へ戻っていった。

『外套を脱いでないからツァイトを男だと思ったな』

「脱ぐの忘れてた。それでも彼女が伝えてると思っていたが…。声もいつも通りなんだけど、ちょっと低かったかな?」

『大人びた感じがあったからだ』

「そっかぁ…」

背もたれに外套をかけてベスト姿になった。シンオウの気候に合わせて防寒性のある布で仕立ててもらったから寒さはあまり感じない。
ハムサンドとクッキーを食べて満足したツァイトとルカリオは試食の感想を伝えた後、会計を済ませた。

『今日の昼と晩御飯はどうする?食材を買っておいた方がいいじゃないか?』

「そうだな。昼過ぎに帰ってきたことをゲンに伝えるし、もし晩御飯のお誘いがあっても明日に使える。さて、何にしようか」

『どっちにしろ話しながらゆっくり食べれる物がいいだろう』

「それなら夜はグラタンにしよう。ボクは程々に冷めるまで食べれないから。昼は朝と似たものでいいか」

『決まりだ』

ミオにある売店で新聞と御飯の材料を買って、家へ向かっていると、ロータの装飾屋から頂いた杖に施された結晶体から僅かに波導を感じた。

「結晶体が反応している…?」

『何?この地方には結晶根がないはずだ。それに波導使いもゲンしかいなかったと思うが…』

「ないけど、ボクみたいに結晶体を施した物を持ってるのかもしれない。ゲン以外の波導使いがいる可能性があるから連絡してみる」

この時代で初めての経験をして、やや不安に思いつつも立ち止まったツァイトは、持ち手の結晶体に触れると過去に感じたことのある波導だった。

「誰かいるのですか?」

昔に波導の修行を一緒にしてきた優しく、母親のような存在。褒めてもらうのが嬉しくて、勉強と波導の修行を無我夢中で頑張ってた。そしてー

「……!!」

世界を守る為にアーロン様と共に失った大切な人。あの時の日々を思い出して目を閉じたら、結晶体から伝わってきた波導は懐かしさと愛おしく想う優しいものだった。ただ、返事がないままだったのが気になった。

「あの…ボクの声、聞こえますか?少し遠い場所から話しかけてるので−」

方向はミオからまっすぐ東。テンガン山を越えた先ぐらいだから結晶根のあるロータと比べるとあまり安定してない感じがあった。

「大丈夫…!あなたの声、聞こえるわ…!」

彼女の声は何か待ち望んでたような感じがして、その声を聞いたツァイトは心臓が波打った。

−シャインさん!見てください!

「………聞こえてて、よかったです」

『……?』

小さい頃の記憶が鮮明に思い浮かぶほど、彼女の波導と声に泣きそうになった。

「砂浜に打ち寄せられてるのを見つけて、どこかで見覚えのあるって思ってたのだけど……この石は波導石、かしら?」

波導石−結晶体と同じように波導使い同士が連絡を取り合う為に使っていたもの。結晶体ほど遠い距離で話せなくても持ち歩けるという利便性はあった。

「はい。波導で話し合えてるので、その石は間違いなく波導石です」

「合っててよかったわ。自己紹介が遅れてごめんなさい。私はレイン」

「ボクはツァイトです」

「え……ツァイト、ちゃん?」

レインは夢で見た"過去の記憶"の女の子と同じ名前で、またもや一筋の涙が零れ落ちた。それに波導石から伝わる波導を"私"は知っている。偶然が重なったのか、或いは予知夢だったのかもしれない。
自分と同じように生まれ変わって、前世の記憶を覚えている又は思い出したとしたら、それとも故郷が同じかもしれない−
いろんな気持ちが押し寄せてきたけど、いきなり言われても彼女が困惑すると思った。

「まさかシンオウ地方に波導使いがいるなんて驚きました」

「私もよ。ツァイトちゃんはずっとシンオウに住んでたの?」

「いえ、ずっと旅をしてたのでシンオウに来たのも住むようになったのも最近ですね」

「そうなのね」

「今はミオに住んでますけど、ボクの故郷はカントー地方にあるロータという街です」

「!!」

ロータと聞いてレインの手から波導石が滑り落ちそうになった。

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