double mission
ホーホー達の鳴き声だけ響く真夜中に、足音を立てず森の中を駆けていく影があった。
「………」
彼女は茂みに身を隠し、双眼鏡で建物の周囲を監視してると、男達が布で覆った荷台を運んでいくのを確認した。
「今日で間違いないな。だが、団員が関わっていたことに気づくのが遅すぎた…」
数週間前、報告書の処理をしてたら報告内容と実際の数字が違うことに気づいた。提出した団員が活動してた場所と時間を調べたところ、少し前に見つけたポケモン密猟グループのアジトと合致した。
その結果がわかったのはいいものの、既にアジトの座標を本部に報告済みで、そろそろGメンが取り締まりにアジトへ来る頃だった。
「捕らえたポケモン達を解放した後にアジトを爆破してしまえば早い話だが派手なことはできないし、そのタイミングでGメンと鉢合わせしたら大問題だ」
今の素性もそうだが自分のことをあまり知られるわけには…と考えていたら、後ろポケットに入れてる端末が僅かに振動して画面を見ればボスの名が表示されていた。
「はい」
「ロキ。今、どこにいる」
「資源の横領した者を追跡中です。その団員を捕まえ次第、すぐ戻ります」
「そうか。その団員の処罰は任せる」
「かしこまりました。"サカキ様"」
端末をポケットに入れようとしたらまた振動があった。何か言い忘れがあったのかと画面を見たら違う名前で顔をしかめた。
「あの日以降、報告はメタモンに任せて私は"トップ"に顔を見せてないからな」
今は話す時ではない相手だからロキは出ることなく、そのままポケットに入れた。
「さて、先に団員を捕まえて何事もなかったかのように撤収したいところだ。…ん?」
ここから目視できる距離に不審な動きをする影が3つ。木の枝を両手に持ち、身を隠したつもりで少しずつ建物に近づいていた。白い制服を着た男女に二足歩行するニャース。ロキはその3人に心当たりしかなかった。
「……何故、こんな時に三馬鹿がいる」
どこかで密猟グループの噂を聞いたのか、捕獲する現場を見て後をつけてきたのか……考えても時間の無駄だと思いながらボールからメタモンを出した。
「メタモン。あの三馬鹿をここから引き離してくれ。何か珍しいポケモンに変身して、目の前に現れたらそっちに目が引くだろう」
メタモンは体をうねうねと動かして"珍しいポケモン"に変身した。その姿を見て、またもやロキは顔をしかめた。
「それは珍しいがやりすぎでは?物知りなニャースとはいえ、知ってるか怪しい」
メタモンが変身したのは幻のポケモン、セレビィだった。ロキも絵本ぐらいでしか見たことがないのに3人がその姿を見て名前を言ったら正直驚くし、メタモンが変身できるということはどこかで1度見たことになる。
「まぁ…知らないからこそ興味を持つし、発光しながら近づいたらついていきそうだ」
メタモンはセレビィの姿で何度も頷き、指示通りに例の3人組の元へ飛んでいった。
『ニャ!?このポケモンは…!』
「時渡りポケモンのセレビィじゃないか!」
「幻のポケモンをゲットしてサカキ様に献上すればアタシ達の昇格間違いないわね」
「『幹部昇進支部長就任いい感じ〜!!』」
『ソォーナンス!!』
「本当に知ってたのか……」
昇格すること間違いなしと盛り上がる様子を見て、努力と才能の使い方を間違った彼らが余計なことをしないことを願った。
見事、偽物のセレビィに釣られた3人はアジトから離れて森の奥へと誘導されていった。
GPhoneに送られたポケモン密猟グループのアジトの座標を元に現場へ来たヒロコ。ムウマージのテレパシーで中の状況を聞いてからマニューラを出した。
「密猟者は3人でポケモン達は別の部屋に捕らえてるのね。マニューラは入口の鍵を壊したらすぐにムウマージと合流して密猟者達を監視、動きがあったら突入して動きを封じて。あたしは捕らわれたポケモン達の安全確認をするわ」
『マニャッ』
細心の注意を払ってアジトへ近づこうとしたら、別の方向から近づく3人組が見えて足を止めた。よく見ればロケット団の制服で任務でも旅先でも何度も遭遇したムサシ、コジロー、ニャースの3人組だった。
「ロケット団!!まさか、密猟グループと関係が…!?」
ロケット団の逮捕、密猟グループの逮捕を同時に行うか、応援を呼ぶべきかと考えていたら何か小さなポケモンが近くを通り過ぎた。
「あのポケモンは…?」
動きが速くてよく見えなかったが、そのポケモンが3人の目の前に現れた途端、両手放しに喜んで一緒に森の奥へと消えていった。
「………。あの3人はこの件に関わってなさそうね」
とりあえず、ロケット団がいなくなったから密猟グループ逮捕に集中しようと切り替えた。先にアジトへ向かったマニューラが扉の鍵を壊していたから中へ侵入して、ポケモン達が捕らわれている部屋へ向った。
ロケット団3人組を離脱させた後、ロキはアジトに侵入して捕獲されたポケモン達を先に解放しておこうと思って部屋に来ていた。鍵をピッキングしながら端末を操作してアジト内の電気信号を受信していると、知っている信号を探知した。
「……この信号はGメンのリーダーが持つGPhoneだな。やはりもう来ていたか…」
想定内といえば想定内だが、Gメンのリーダーが単独で来てるから周囲を警戒してボールからクロバットを出した。
「クロバット、恐らくGメンのポケモンがアジト内に潜んでいる。どこにいるか調べてくれ」
『クックッ』
クロバットは羽音が聞こえないほど静かに飛んでアジト内の探索へ向かった。ロキは端末をポケットに入れて、Gメンのリーダーが相手だと下手に敵対するより捜査協力をして密猟者の逮捕とポケモン達の救助をすれば、団員だけ連れて上手く撤退できるのではないかと思った。しかし、今まで仲間と協力したことがない彼女はどう話しかけるべきか悩んだ。
「このGメンのリーダーが堅物のドラゴン使いじゃないことを祈るか」
鍵を開けたロキは物陰に身を隠して、この部屋に来るGメンのリーダーを待ち構えた。
ヒロコはムウマージが送ってくれたテレパシーを元にポケモン達が捕らわれている部屋に到着した。
「確かムウマージの言ってた場所はここね」
周囲を警戒してドアノブを回したら鍵がかかってなかった。アジトの中とはいえ、少し不用心な感じがした。
「……変ね」
念の為、銃を片手に素早く入って構えると誰もいなかった。周囲を見渡しても不審な影はなかったから一旦、銃をしまって布が被された檻に近づくとポケモン達が動く気配がした。
「大丈夫。あたしは皆を助けに来たわ」
布を外すと中には傷だらけのミニリュウ達がいて、あまりの酷さにヒロコは息を飲んだ。
「こんなことをするなんて酷い……!持ってる傷薬で応急処置するからジッとしてて?」
ミニリュウ達は怯えきってて、ヒロコが傷薬で治療したくても檻の隅へ逃げていく。困ったヒロコはどうしようかと思った時、背後から物音がして振り返ると目の前に銃口が向けられていた。
「……っ!!(あたしの耳で聞き取れないくらい足音を消して近づいたなんてただ者じゃない。グループの仲間だとしたら状況がマズイ…ッ)」
この状況になるまで気配を消していた相手にヒロコは嫌な汗が流れた。ムウマージから連絡なかったということは3人とは別の仲間があとから来たことになる。
「……ポケモンGメンのリーダー、ヒロコ。来るのが少し早かったな」
「なっ!?」
自分の素性を知る彼女は銃を下ろして右太ももにあるホルスターに収めた。
「………」
すぐにクロバットが現れてぶつかり気味に彼女の肩に止まると何か伝えた。
「そうか。全員いるのを確認して2匹が突入するタイミングを伺っているか」
「……お前は一体何者?」
「私はロキ。君と同業者、とでも言っておこう。私は密猟グループの1人に用があって来た。ここで会ったのも何かの縁だから…どうだ。手を組まないか?」
無表情で協力的な雰囲気がないロキを見て、ヒロコは手を組むか正直に悩んだ。実力があるのは確かだけど、同業者となれば自分と同じポケモンGメンか国際警察のどちらかだと思った。とはいえ、両者なら警察手帳を見せれば早いのにそれをしないから怪しい。
「………」
「悩むのはわかるがあまり時間がない。一先ず安全確認はできたし、この子達を守る為に私はフシギバナを置いていく。彼の花の香りは怯えたミニリュウ達を癒せるだろう」
ロキは広い場所にフシギバナを出すと、彼はせせこましそうに身を縮めて静かに葉っぱを広げた。
「フシギバナ。私達が密猟者を捕まえるまで、この子達を守ってくれ。何かあったら天井をぶち抜いて知らせるんだ」
『バァナ』
「これで大丈夫だ」
「待って。あたしもミロカロスを置いていくわ」
安全確認はできたけど、ミニリュウ達を不安にさせたまま置いておくのはできないからロキの手段は合っている。だからヒロコも同じように心を癒すことができるミロカロスを置くことにした。
「いいだろう。耐久のある2匹が居たら相手も苦労するだろうな」
「……そうね」
警戒を解くのはまだ早い。密猟者の逮捕までは隣にいる彼女に対して油断はしないよう心がけた。
「ムウマージ、今から2人でそっちに向かうわ。動きがなさそうなら待機」
「………」
周囲にムウマージの気配はしない。クロバットの話では2匹は3人がいる部屋の前にいるからヒロコは無線機じゃなく、テレパシーで連絡を取り合ってるとわかった。
「ヒロコ。クロバットも先に向かわせていることを伝えてくれないか」
「わかったわ」
それを聞いたクロバットは先に飛んで2匹と合流することにした。クロバットに続くよう走っていたけど、ロキの足音があまり聞こえないから相当な訓練をしてると思った。
「……(身のこなしから見て元軍人の可能性はある。密猟者に用があるなら捕獲したポケモンの安全確認をしたのは?取引相手ならわざわざ無断で侵入しなくてもー)」
「部屋に突入してからどうする」
「密猟者をマニューラのれいとうビームで凍らせて身動きを取れなくするわ」
「わかった。スピード勝負は任せる」
「えぇ」
同業者と言えば油断すると思ったかもしれない。もう1つの可能性は同じ密猟者で獲物の横取り、表向きにGメンと協力して同業者を潰す目的だった。
「……(疑いだしたらキリがないわ)」
ムウマージとマニューラ、クロバットと部屋の前で合流して、2人は拳銃を構えた。
「「………」」
お互い目を合わせて頷き、ロキが扉を蹴開けて同時に突入した。
「そこまでよ!」
「!!」「何だお前ら!」
「ポケモンGメンよ!ポケモン密猟の容疑で逮捕する!!」
『マニャ!』『クク!』
「がっ!!」「ひぃっ足が…!」
クロバットがエアスラッシュで怯ませた隙に、マニューラのれいとうビームによって下半身まで凍らされた2人は腰にあるボールに手を伸ばせれなかった。
「うわぁぁぁっ」
「逃がさん!」
『ククッ』
れいとうビームから逃れた男が先に出口へ向かって走ったのをロキとクロバットは見逃さなかった。
「うぐっ」
クロバットが背中に体当たりをしてバランスを崩したところをロキが足払いをして転倒させた。男が起き上がった時、目を見開くぐらい驚いた表情を見せた。
「ロキ様!?どうしてここに!!」
「報告書の捏造、横領、組織の意に背く行為をしたお前を捕まえて処罰する為だ」
「だからって、ポケモンGメンと手を組むのか!?それこそが組織に対する裏切りじゃねえか!!」
胸ぐらを掴まれて男の口から"裏切り"と聞いた途端、ロキの無表情から徐々に怒りが露わになった。
「私がいつ、組織を裏切ったと?私はこの"名前"を付けてもらってから1度もあの方を裏切っていない。勿論、元々の"名前"を知るあの方も裏切ってはいない。私は、私の意志で正義を貫き、悪に牙を向けているだけだ」
「ロキ…?」
「……だから悪であるお前達に牙を向けている!」
ロキは掴まれた腕を振り払って男を蹴り飛ばした。
「クソが…!何が正義だ!!」
「お前にはわからない。もう黙ってろ」
そう言ったすぐに発砲音が響いた。ヒロコが制止をする間もないほどの早撃ち。しかし、目の前に広がる光景は全く違うものだった。
「……っ!」
撃たれた男は白目を剥き、口を大きく開けてよだれを垂らしていた。その様子を見ていた他の密猟者は怯えきって顔を青ざめていた。
「殺したと思ったか?」
「当然じゃない!!」
「実弾だと0距離でも外すかもしれないから即効性のある睡眠薬を仕込んだ弾を撃っただけだ」
冷静になったロキは拳銃を収めて、近くにあった縄で男を縛った。
「ところで、同業者と言われてあたしと同じGメンか国際警察と一瞬思ったけど本当は何者なの」
「同業者と言ったはずだが?」
「いえ、違うわ。ハッキリと言えないけどあたし達とは違うわ」
「………」
「答えて。でないと、密猟グループに関する重要参考人として連行するわよ」
「リーダーに連行されるのは勘弁だ。……確かに重要参考人だろう。何せ、ここの情報を本部へ送ったのは私だからな」
「!?」
「ヒロコ。協力してくれた礼に1つ教えてやろう。私はGメンの影に潜む者だ」
「あたし達の影…?」
「簡単に言えば諜報員だ。……少しゆっくりしすぎたな。この男はそこの2人と違うから私が連れて行く」
壁をすり抜けるようにゲンガーが現れたと思ったら、体を伸び縮みしてメタモンに変身した。
「メタモン、テレポートだ」
「ちょっと、待って!!」
メタモンがケーシィに変身して瞬きしたらすでにロキ達の姿はなかった。結局、彼女がポケモンGメンの諜報員ということしかわからなかった。
「これは…?ドッグタグ、かしら」
ロキがいた場所に落ちてたタグを拾って、薄くなったGメンの紋章を見て首を傾げた。
「これGメンのだけど、こんなタグを持ってる人なんて見たことがないわ」
紋章の裏側には文字が刻印されていたけど、文字の部分がナイフか何かで斜線を引かれていて、数字しか読めなかった。
「No.41122104……桁数的に登録番号じゃなさそうね。ロキの落し物だと思うから預かってようかしら」
この後、近くのジュンサー達に密猟者の逮捕とポケモン達の保護を引き継いでもらう時にフシギバナが待ちくたびれて居眠りしていたのに気づいた。それを見てたミロカロスはうたた寝しそうになっている。
「ロキったら、フシギバナを忘れて置いていってるじゃない!」
『バァナ?』『ミロ!』
ヒロコの声に2匹は目を覚ました。ミロカロスに引き継ぎまで見届けてくれたことをお礼を言ってボールに戻した。
「フシギバナ。ロキがいつ帰ってくるかわからないけど、どうする?」
『ナァ』
ポケモン達がいなくなった檻をムチで動かして壁を何回か叩くと、身を屈めて光を集めだした。
「え、ちょっと…?!」
ソーラービームで壁をぶち抜いたフシギバナはゆっくりとした足取りで外へ出て行った。とりあえず、ヒロコもフシギバナについて行くと、アジトから少し離れた場所で立ち止まって再び眠った。
「ここでロキのお迎えを待つのね?」
ムチが伸びて手を振るような動作をしたからヒロコは頷いた。
「それじゃあ、ミロカロスと一緒にポケモン達を見守ってくれてありがとう!あたしは報告をしに本部へ帰るわ」
ヒロコはエアームドを出して空へ飛ぶと、もう1本のムチが伸びて大きく振っていた。持ち主と違って結構マイペースな子だと思った。
ロケット団の施設にある倉庫へテレポートしたロキは一息ついた時に首元に違和感を感じた。首巻きに隠してた認識票を確認すると、1枚足りなかった。
「……お守りの方を落としてしまったか」
『………』
それを聞いたメタモンの顔は怒っていて体の形がトゲトゲになった。
「私のを落としたわけじゃないから、そう怒らないでくれ。多分コイツを連れて帰る時にもみ合ったからアジトにあるかもしれないな。なかったら少し困るが…私の身代わりになったのだろう」
あまり迷信を信じてないけど、捕まえた団員を無事に連れて帰れたからその対価かもしれないと思った。
『メ!』
「ん?探しに行ってくれるのか?」
『メメッ』
「その間に私はこの団員から他にも繋がった密猟グループの情報を聞き出す。ついでにフシギバナを連れ戻すのと、その密猟グループがポケモンを渡した人物のリストを本部へ届けてくれないか」
『メェ〜?』
ついでが多いと思いつつも、ロキからフシギバナのボールと報告用のUSBを受け取った。
「頼んだ」
『にょ』
上下に伸び縮みしたメタモンはまたケーシィに変身してテレポートした。それを見届けたロキは団員を引きずりながら別室へ向かった。
「ヒロコには少し誤魔化すような言い方をしたが、変に勘ぐって調べ出さないか心配だな」
メタモンとフシギバナ、クロバットを連れたロキと名乗る諜報員の存在を聞かれてもトップはいないと答えそうだが、自分への着信件数が日頃の倍以上になると思った。
「もし、そうなった時は気が向いたら顔を見せるか。そこでヒロコに会ったら証明になるだろう」
初めて表向きに活動するGメンの仲間、ヒロコと協力して、昔と比べたら少し連携が取れるようになったと確かな手ごたえを感じた。
「仲間と協力するのも…悪くないな」
機密機関の特殊部隊所属でGメンの1匹狼と呼ばれた彼女は、少しずつ仲間に対して意識するようになった。
密猟グループのアジトへテレポートしたメタモンは、近くで日向ぼっこしているフシギバナの元へ向かった。
『にょにょ』
『……バァナ』
フシギバナはツルで軽い挨拶をしてからボールのボタンを押して中に戻った。ボールを体内にしまって、次は密猟者を捕獲した部屋へ向かった。周りを探してみたけど、見当たらないと思ったメタモンはガーディに変身して周辺の匂いを嗅いだ。
『!』
タグが落ちてあった場所の匂いからヒロコが拾ったとわかり、再びケーシィに変身して本部があるヤマブキシティへとテレポートした。
『ン〜』
本部へ入る時は元の持ち主の若い頃か、Gメンの誰かに変身してるから今回はどうするか考えた。ヒロコに会うとしたら知ってる人物の方がいいだろうと思ってGメンの"とあるリーダー"に変身した。
先日の任務を終えて本部へ報告したヒロコは、外に出て身体を伸ばした。任務は終わってもあまりスッキリはせず、ポケットに入れてた落し物を取り出して小さくため息をついた。
「何か手がかりはないかしら…」
結局、報告の時に現場で会ったロキのことは言わず、持っているドッグタグのことも聞けないままだった。
フシギバナを迎えに来たか確認するのを理由にまた現場に行こうと思ってたら、マントをゴルバットのように広げて動く人物がいた。
「ワタル…!」
「………」
ヒロコの反応を見てワタルはマントを手放してスキップしながら近づいた。
「そんな険しい顔してスキップしないでくれる?」
「………」
表情を変えるだけで無口なワタルはヒロコの手にあるドッグタグに指をさした。珍しい物を持ってるから気になったのだろうと思ったけど、どう見ても怪しい。
「ねぇ、本当にワタルなの?嫌味を言わずに無口なんてありえないわ」
「……?」
口がへの字で顎に手を当て、眉毛が見たことがないくらい下がって困り顔をした。
「一体こんな所で何をー」
「あ」
「!!」
いくらなんでもこんな顔はしないと思っていたら変なワタルの後ろに本物のワタルが現れた。本人の登場を予期してなかった彼は慌ててヒロコが持っていたタグを奪い取った。
「あ!ちょっと!!」
「オレに化けて現れるとはいい度胸だ。カイリュー、はかいこうせん!」
「「!?」」
すぐ後ろに控えていたカイリューの指示を聞いて、ヒロコはすぐにその場を離れた。変なワタルは避ける間もなく、はかいこうせんを浴びて丸焦げになっていた。
「危ないじゃない!」
「こんな怪しいヤツを目の前にして即座に対応しないのが悪、い……?」
丸焦げの変なワタルの身体が揺れ出して、段々と縮んでメタモンの姿になった。
「メタモンだと…?」
「このメタモン、もしかして…」
メタモンは体に入れたタグが無事なのを確認して、再び体内にしまった。いきなり攻撃してきたワタルとカイリューを見て、やれやれと体を横に振った。
「随分と余裕そうだな。本部に侵入しようというなら容赦はしない。カイリュー、ドラゴンクローだ!」
『にょにょにょ』
メタモンはすぐにカイリューに変身して同じ技を使って弾き返した。そして、さっきのお返しとばかりに追撃ではかいこうせんを放った。
「くっ!!」
「本部の前でそれ以上暴れたら街の人に迷惑かかるわよ!」
「わかっている!」
爆発の煙が消えた頃にはメタモンはカイリューから違う人に変身して黒眼鏡を装備すると、胸ポケットから丸型の弾を取り出してピンを外した。
「しまった…!」
「きゃっ」
地面に叩きつけると小さな爆発音と共に発した閃光によって2人は目眩しをされた。
ようやく視界が戻った時にはメタモンの姿はなく、何事もなかったかのように静けさだけが残った。
「……逃げたか。不審なメタモンのことを本部へ報告する」
「その方がいいわね。……?」
「どうした」
「何でもないわ」
ワタルはカイリューをボールに戻すと、苛立ってるのか早足で本部へ向かった。
「あのタグを取りに来たってことはロキのメタモンね。それにしても…」
ポケットに違和感があって取り出すと"本部報告用"と書かれたシールが貼ってあるUSBだった。
「逃げる時にあたしのポケットに仕込むし、閃光弾を持ち歩いてるなんてただのポケモンじゃないわね。訳ありGメンの仲間にそのポケモン……」
リーダーの自分でも知らない仲間がいて、気づかれないよう任務を遂行し、影からサポートしてくれてる。初めて会った時はどうなるかわからなかったけど、また任務先で会えたらちゃんと話したいと思った。
「でも、メタモンの変身は違う人にしてほしいわね」
しばらく、ワタルがゴルバットのようにマントを広げるのとスキップしながら近づいてきた姿が頭から離れなかった。