帰宅後、ジルチがお風呂に入ってる間に母親は晩御飯の支度をしていた。流しの下にある引き出しから鍋を出してコンロに置いて野菜と肉を切り出した。
「よし、あとは煮込むだけっと!」
リビングに戻るとジルチがお風呂から上がった後で、ソファーに座ってラクライをブラッシングしていた。
「ラクライ、今日もお疲れさま!」
『ワゥー』
ラクライは気持ち良さそうにくつろいでいた。その様子を見ていた母親はジルチの隣に座った。
「ジルチ。さっき言ってた大事な話の事だけど…。」
「うん。」
ジルチはブラッシングしていた手を止めて母親の方を向いた。
「私が研究しているポケモンの卵の事でね。オーキド博士に相談したら、ジョウト地方のウツギ博士に会ってみるといいって言われたの。」
「ジョウト地方ってシロガネ山を越えた先にある地方だよね?」
「よく知ってるわね?」
「うん、オーキド博士におっきな地図見せてもらったんだ!……お母さん、ジョウト地方へ行っちゃうの?」
少し不安げな顔をして聞いてきたから慰めるようにジルチの頭を撫でた。
「お母さんだけじゃないわ。ジルチも一緒にジョウトへ行く…引っ越すつもりよ。でもレッド君達とお別れしなきゃいけないの…。」
「レッドくん、グリーンくんと…。」
ジルチは一緒にジョウトへ行くのがわかって少し安心した反面、レッドたちと離ればなれになってしまう事が引っかかった。
「……準備もあるし、すぐジョウトへ行くわけじゃないから…。」
母親は声を震わせながら言葉を選んでジルチに伝えようとした。
「うん、大丈夫だよ…お母さん。」
「え…?」
「2人は私よりバトルも上手だし、いろんな事知ってるから…始まった場所が一緒でも競い合ってるうちに差ができて行く場所がバラバラになっちゃうと思う。」
「……。」
「寂しくないわけじゃないけど、チャンピオンになる目標は同じだからまた会えると思う。一緒に旅に出たかったけど、ね…。」
ジルチは少しぎこちない笑顔を作った。
「ジルチ…。」
「それにジョウトへ行けば研究が進むのでしょ?それだったらわたし、研究を手伝うし寂しくても我慢するよ!」
「…ジルチが手伝ってくれるの?」
「もちろん!その代わりポケモンのこともっと教えてね?レッドくんたちに負けないくらいにっ約束!」
ぎこちない笑顔から挑戦的な顔になったジルチは母に小指を出した。
「ありがとう、ジルチ。約束するわ!教える事が山のようにあるから頭パンクしないでよ?」
母親も挑戦的な顔で自分の小指をジルチの小指と結んだ。
「…さっお母さん!晩御飯がもうそろそろできるよねっ?お腹すいた!」
ジルチは膝の上で眠っていたラクライをボールに戻して、ソファーから下りてテーブルへ向かった。
「……。(オーキド博士が仰ってたとおりね……)」
母親はわかってくれた嬉しさと後ろめたい気持ちでいっぱいだった。
「お母さーん!早く一緒に食べようよ!!晩御飯なぁにーっ!!」
ジルチは晩御飯が待ちきれず、テーブルを少し叩いた。
「今日はポトフよ!用意するから焦らないで。」
母親は涙で零れた頬を拭いてソファーから立ち上がった。
晩御飯食べ終わった後、ジルチは自分の部屋のベッドの上で座りこんでいた。
ジョウトへ引っ越す話は母親の為だから強がってみたものの、本当は辛くて泣き叫びたかった。そしてこの事をレッド達に言わないといけないし、いつジョウトに引っ越すのかは知らないけどせめて2人が旅立つのを見届けたかった。
「はぁ……カントー制覇してチャンピオンリーグ挑みたかったなぁ。」
ため息と共に出た独り言が薄暗い部屋の中に消えた。
「あれからあの子に会えてないしこの事を伝えたかったなぁ。」
ドアに飾っているドライフラワーの冠を見て庭にいた仲のいいピカチュウ達を思い出した。
「ピカチュウたちにも伝えなきゃ…。」
今思えばこの数年マサラタウンに住んでていろんな事あった。それはかけがいのない思い出でその場所を離れるのは心苦しかった。
「明日、2人に会って引越しのことを言おう。上手く言えるかわからないけど。」
窓から見える満月を見て、ふとレッドの事を思い浮かんだ。
「レッドくんに…会いたいな。」
ジルチはレッドに対して密かに想いを寄せていた。よく遊ぶグリーンも好きではあるが、レッドとは違って友人としての意味だ。
以前、レッドと2人で遊んだ時に緊張してほぼ勢いでジルチから手を繋いでみた。それでも彼はしっかり握ってくれた事にジルチは安心し、帰りは家まで送ってくれた上、レッドから手を繋いでくれた嬉しさと恥ずかしさで顔が真っ赤になりそうだった。
「引越す前に想いを伝えようかな…でもフラれたらどーしよぉおっ!!」
ジルチは横にあった枕を抱き抱えて悶々とした。
「〜っ!とりあえず、寝よう!」
バッと枕を横に投げて枕の近くに置いてたピカチュウのぬいぐるみを抱きしめながら布団に潜った。
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