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焼けるような日差しの下での体育を終え、熱気と湿気と汗で噎せ返る更衣室。
着替えが終わったら昼食だということもあってか、室内はいつも以上の賑わいを見せている。
例にもれずテンションが高めな級友に相槌を打ちながら、海堂は光る携帯を視界の端に収めた。

赤色は新着メールの報せ。まだ授業の終了を知らせるチャイムは鳴っていない。
授業が始まる前は何も来ていなかった。とすれば。
違う可能性も捨てきれないがそうであって欲しい、海堂はそう思いながらボタンを押す。




(Sub)無題
(本文)予定なかったら昼一緒に食わね? 屋上にいる




伝う汗を拭う振りをして、一瞬にやけた口元をタオルで隠すとそのまま顔を強く擦った。
少し前髪がぼさぼさになったが構ってはいられない。

それよりも変な顔を晒す方がよっぽどの醜態だ。

そして、教室に戻るや否や弁当が入った袋を片手に、普段は立ち寄らない屋上を目指す。
そういえば、ああいった場所には普通、鍵がかかっているものではなかろうか。
人混みを縫いながらそう思ったが、海堂は直ぐに考えるのを止めた。
聞いたことはない。ましてや聞くつもりもない。海堂とて藪蛇は御免である。

数分もすれば辿り着いた目的地のドアノブを捻ると、それは難なく回った。
開いたドアの隙間からむあっとした空気が流れ込んできて、思わず押す力が弱まる。が。
件の人物はこのドアの先に居るのだ。
意を決して押し開いたことで白んだ視界に海堂は顔を顰めた。

吹き抜けた風も生温い。こんな場所で待つだなんて、ますます顔が険しくなる。
ぱっと見で見付からない場所、かつ、日陰がある場所。
向かうべき先には覚えがあって脚は迷いなくその場所へと向かった。


「……みょうじ先輩」
「おーう、おつかれさーん」


頭からタオルを被ったみょうじは寝転んだまま海堂を迎えると、少しだけタオルをずらす。
その隙間から覗いた眼は海堂の姿を留め、ゆるり、嬉しそうに細くなった。
まあ座れよ。言葉と仕草で促された先はみょうじの横。
大人しく、海堂は明け渡された日陰の壁際に腰を下ろす。

僅かばかりに冷えたコンクリートがせめてもの救いだった。

壁に寄り掛かって一息ついたところで、指先が濡れていることに気付く。
気温差で滲んだ水滴。重力に従って滑り落ちる水滴。
先ほど買い足したパックジュースは未だ冷たさを保っているけれども、この炎天下ではすぐに温くなるだろう。
現に、指先に付いたそれは既に人肌と同じで。些か不快感を伴うものと化していた。


「じゃあ昼にすっか、あ、このタオル使えよ」
「別に……いや、ありがとうございます」
「どーいたしまして。そういえば、4時間目の授業、海堂は体育だったんだな」
「よく知ってるっスね……って、もしかして」


総菜パンの袋を開けたみょうじは「別に減るもんじゃねぇし良いだろ」とからからと笑う。
頬張ったことで膨らんだ頬が咀嚼に合わせて動くのを見ながら、海堂は途端に決まりが悪くなった。
何も疚しいことはないというのに、クラスに混じる己はあまり見て欲しくなかった。
明確な理由など説明のしようもなかったが、何となく恥ずかしいからだろう。

もそり。弁当を咀嚼する――が、味が判らない。顔も熱い。


「しっかし、この暑さの中でサッカーとは先公もひっでぇな」
「……俺は慣れてるんで、まあ、暑いもんは暑いっスけど」
「だよなあ。さっすが運動部、鍛え方が違ぇや」


そんな海堂にあれやるよ。みょうじが投げた視線の先には汗のかいたスポーツドリンクがあった。
コンビニ袋の中には他にご丁寧にも保冷剤も入っていて、まだ冷たさは残ってそうだ。




「この後、必要になると思ってよ。ま、偶然当たっただけなんだけど」




次に菓子パンの袋を開けたみょうじはやはり笑いながら体育の話を続ける。
話の中身はともかくとして、この楽しそうな表情を見ると別の話題を振るのも憚られた。
元より口下手な性分の海堂に、上手く逸らすなんて芸当はハードルが高かった。
ひとしきり喋り終えたのか、そうだ、とみょうじは口の中に残っていたパンを飲み下す。


「海堂んとこって、5時間目何やんの」
「えっ……確か、英語です」
「お! お前の得意科目じゃん、ラッキー」
「? 一体何の話を、」
「このまま、ここで授業サボらね?」
「はあ?!」


食べ終わった弁当箱を包み直していた手が止まって、動揺を表すように膝の上から転げ落ちた。
がちゃん。床に落ちた音が遠い。何言ってんスか。拒否の言葉が喉に引っ掛かる。

――――…食後の運動、一緒にシようぜ。
いつの間にかにじり寄られていて、右手の指が絡め捕られていて。背後は壁。最早、逃げ場はない。
最も、拒否の言葉が音にならなかった時点で、既に決まっていたも同然だったのだけれど。



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