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3年に上がってからぞくりとする視線を感じるようになった。
頭の天辺から足の先まで舐め回すような気味の悪い視線。
元々テニス部に所属しているから執拗で過剰な熱い視線自体には慣れている。
しかしながら、悪寒を引き起こすようなそれは一段と際立って背中に焼き付いた。


「……それってストーカーじゃねぇの?」
「はあ? 俺、男だぜ?」
「でも、お前も人気あっからな」


ストーカーぐらいいても可笑しくねぇよ、吐いた溜め息は重々しく事の重大さを窺わせる。
こうして話をしている間にもその元凶は近くに居るかもしれない。
表情も晴れず、常時周囲に気を張る毎日。
精神的にやつれていくブン太の姿は目に余るほどで、なまえは居ても経ってもいられなかった。
なまえとは小学校の頃からの仲で、ブン太が最も信頼を寄せている男である。


「心配そうな顔すんな、ブン太。俺が傍に居てやる」
「……サンキュ」
「何泣きそうな顔してんだよ。……よし、今から俺の傍から離れんの禁止」
「お前、部活どうすんだよ」
「休む」

そして、超が付く程ブン太馬鹿であった。
ブン太に対してとことん甘く周りが頭を抱えるくらい過保護。
今もなまえは何の躊躇いもなく部活を休むという。
異常とも思える溺愛っぷりは今に始まったことではなく、寵愛されている当人もまた満更ではなさそうだ。


「部活よりお前の方が大事だからな」
「っばーか……そんなこと言ってっとマジで離れねぇぞ」
「そうしとけ」


にっと屈託なく笑い、その表情のままがさつにブン太の頭を撫でた。
この笑顔が何よりもブン太は好きなのである。



***



そして、事態は偶然の不運が重なったことで急展開を迎えた。
――――もしかしたら偶然ではなく仕組まれたことだったのかもしれない。

帰宅途中、不意に悪寒を感じ振りと返ったのが運の尽きだった。
ぐいっと手首を掴まれ狼狽えている間に口元を塞がれてしまい、細い横道へと引き摺り込まれたのだ。
何で今日に限って、そうブン太は奥歯を噛み締める。
なまえはいない。
余りにも部活を休み過ぎたため、見兼ねた部長に強制召集をされてしまったのである。
本来なら彼を待つとこなのだが、生憎今日は両親の帰りが遅く弟達の世話をしなければならなかった。

彼は、まだ、部活中だ。


「ごめんねー丸井君。本当はこんなことしたくなかったんだけど……いっつも"あいつ"と居るから、妬いちゃった」
「……っ…、」
「前みたいに、俺のことだけ考えてくれてれば良かったのに」


悪い子にはお仕置きしなきゃね。

ぞわり。この視線、間違いなく背中に纏わりついていたものだった。
眼前に突き付けられた笑みはとても下劣で、不快極まりない。
けれど込み上げてきたのは、怒りと怖さと気持ち悪さが綯い交ぜになったもので。かたかたと全身が震える。
それに気を良くしたのか、襲ってきた男は笑みを一層濃くしブン太のYシャツに手をかけた。
心成しか吐息も荒い。


「! んーッ……!」
「丸井君、肌白いんだね……綺麗、」
「っ……ん、ん"……!」


悲惨な音を立てて引き裂かれたYシャツ。
ボタンは弾け飛び、最早ただの布切れと化してしまう。
そして、その露になった素肌に男の僅かに汗ばんだ手が触れた。
気持ち悪い。気持ち悪くて吐きそうだ。
ねっとりと這い回る掌を叩き落としてしまいたいのに、震える身体は言うことを聞かない。
そうしている間に男の手はゆっくりと下腹部へと下りていく。

――――なまえ、助けて……ッなまえ……!

生理的に潤んだ眼をぎゅっと瞑り、ただひたすらに彼の名を呼んだ。




「誰の許可を得てブン太に触ってるわけ」




聞き慣れた声がする。
と同時に「何でここにッ」と焦る声も聞こえ、怖々と目を開くとそこには怒りに染まったなまえが立っていた。


「お前……今、テニス部と俺を敵に回したな」
「っ……そ、れが何だって……」
「俺のブン太に手ぇ出しやがって……! 明日から今まで通りの生活が送れると思うなよ」


地を這うような低い声音は彼の怒りを如実に表していて。
それを目の当たりにした男は瞬く間に青褪め、転げるようにこの場を後にする。
未だに怯えたまま動かない彼をそっと抱き寄せ「、ごめん」と言ったなまえに漸く、ブン太は安堵に胸を撫で下ろしたのだった。

これ羽織っとけ、そうかけられたなまえのジャージを握り締め二人は無言の帰路に着く。
とても話せるような空気ではなかった。



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