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じと。
恨めしさを孕んだ視線が背中に突き刺さる。
目の前からもうんざりした視線が向けられてにやりと口角をつり上げた。


「……うぜえ」
「はあ? 可愛いじゃん」
「てめえの脳内ではな」


こっちはとんだとばっちりだ。

そう吐き捨てる際に力んだのか、シャー芯がバキッと無惨にも砕け散った。
鳴る舌打ち。
不機嫌そうにシャーペンをノックして、不自然に止まっていた文章の続きを書き出す。

ここは生徒会室。俺は生徒会会計。
記入事項を埋めたたかがぺら一枚のために昼休み返上でここを訪れた。
放課後だってここに来るのにわざわざ今来たのには訳がある。


「……なまえ、まだかよ」
「ん、ごめんな? 後は跡部が判を押すだけだから。もうちょっと待って」
「……分かった」


じとり。
相変わらずの物言わぬ視線に笑みが浮かんで仕方ない。
可愛いなあ、もう。


「あ、跡部……その部活なんだけど」
「!!」
「……なんだ」
「去年の成績が芳しくないから部費下げろって顧問が五月蝿くてさあ」


小さく息を呑む音。
岳人が纏う空気が一段と刺々しくなる。
分かりやすい反応が堪らなく可愛くて嬉しい。

にやにやと緩む頬をそのままにしてたら跡部はより一層不快な表情を作った。
近い、押し殺した声色の抗議は激昂する一歩手前。
流石にこの女王様を怒らせたら後々面倒だから、と一歩身を引く。


「部費に関しては俺が最終的な判断を下す。……これで良いから、さっさと帰れ!」


バンッ、と荒々しく押された判を確認して俺は入口に脚を向けた。
すると待てを解かれた犬よろしく腕に抱き着いて来た岳人に内心悶絶。
勿論そんな素振りは一切見せない。

唇を突き出したその顔には不満ですとありありと書いてある。
そして、くるっと顔のみを跡部に向けると「イーッだ!」とだけ言って俺の腕を引いた。



***



会室を後にしても怒ったままかと思いきや、廊下に出た途端に岳人は嬉しそうに引っ付いている。
その笑顔の眩しいこと。
そして、意気揚々と今日あったことや昨日のことについて語っている。
やっぱり岳人は癒されるなあ、なんて考えていた矢先前方から見慣れた人物がやって来た。

そうだ。こいつにも用があったんだった。


「忍足」
「……何や、譜宮」
「……、」
「この前言ってた映画の試写会のチケットさ、姉貴がいらないって言うんだけどいる?」


ぎゅっと握られた腕の温もりに頬を緩ませながら、敢えて無視しようとしていた忍足に話しかける。
明らかに下がった機嫌。
でも、岳人は嫉妬を俺には向けてこない。
向けるのは全てその相手。

傍迷惑、言われたのは誰だったか覚えてないけれど。
一回や二回ではない。


「……せやな、折角やしいただいとこか」
「それさ、俺も気になってんだよね。丁度二人までだし……一緒に行かね?」
「! 、なまえ……っ……」


泣き縋るような声。
目前の忍足もさっきの跡部と同様の眼差しで俺らを見てくる。
でも、まだ。もう少し。


「何? 岳人」
「……何でも、ない」
「そか? ……で、どうよ忍足」
「……はあ、自分の好きにしたらええやん」


心底鬱陶しそうに吐いた溜め息と言葉。
どうやら俺の考えはお見通しのようだ。
ふるふると震える岳人が嫉妬に駆られて爆発するのも時間の問題。
多分後一押しだと思うんだ。


「なら、そうさせてもらおうかな」
「ッ……!!」
「……自分ええ加減に、ッだあ?!」
「なまえは俺のだっつの!馬鹿侑士ッ!!」
「っえ、ちょ岳人?!」


だめ押しにさっき跡部にもしたように忍足にも顔を近付けて、岳人は遂に噴火した。
俺に文句を言おうとした忍足の足を思いっきり踏んで、先の宣言。
痛みに声を上げた忍足を無視して岳人はやはり俺の腕を掴んで全力疾走。

向かった先は男子トイレ。
戸惑っている俺などお構いなしに個室へと押し込んで、前からきつく抱き締められた。


「が、岳人……?」
「なまえは、俺のだしッ……他の奴になんかぜってー渡さねえ……!」
「(――っか、かわッ!) はは、俺は岳人にしか興味ないし」
「ッ、ほんとか?!」


胸辺りに埋めていた顔を勢いよく上げて、期待に満ちた眼で見つめてくる。
その眼に促されるように頭を撫でれば、気持ち良さそうに顔を綻ばせた。
俺の一挙一動にくるくると表情を変化させて、本当に愛らしい。


「ほんとほんと。他の奴なんか目に入んねえよ」
「っなまえ、大好き!」
「〜〜〜〜っ、だああ! も、無理!!」
「っえ、! ……っんう……!」


満面の笑みで見事爆弾を投下した岳人に俺も我慢の限界が訪れてしまって。
ぐいっと後頭部を引き寄せて唇に噛み付くと、一瞬目を見開き受け入れるように目蓋を閉じた。

くちゅくちゅとトイレにそぐわない音を立てながら、飲みきれなかった涎が端から溢れる。
存分に口内を堪能した頃合い。
僅かに上がった息のまま数秒見つめ合って、垂れたそれを舌で掬い取った。


「……ッ、なまえ……! ふ、ぁ……」
「岳人……ヤりたい、ダメ?」


このタイミングで聞くのは相当意地が悪い。
岳人のことだ。断るなんてしないはず。



「っん……、ダメなわけないだろ……!」



分かり切ったことを聞いたためか少し照れた風に首に腕を回してくる。
頑張ってする爪先立ちもいじらしい。
近付いた顔にもう一度口を寄せて、遠くに授業開始のチャイムを聞いた。




jealous×jealous
-妬む貴方と周到な私-



(声、っ響く……ゃッ、!)
(俺の指を噛んでて良いよ)
(……っん、ぁ……ン、んん……ッ!)


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