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事の発端がどちらの発言によるものかは覚えていない。
ただ確実に言えるのは、その発言に対して両方が了承をしたという事だけであった。


「……っあ……ん、ぁ、……っぅ、あ」


上擦った声が少し女子を彷彿とさせる。
そんなこと本人に言ったら全力で否定されるのは目に見えていた。
それに、きっと男としては複雑な心境だろうし嬉しくないだろうから言わないでおく。

休日の真っ昼間。燦々と太陽が顔を覗かせている中。
なんて卑猥な行為をしているのだろうか。


「、せんぱっ……?」
「ああ、すまん……今イかしたるな」
「っあ! ……っふ、」


不思議そうにしていた顔も、そそり立ったそれを握り込めば一瞬で崩れる。
泣きそうに瞳を潤ませ眉尻を下げた表情。
普段は生意気そうな面で悪態を吐く奴とは似ても似つかない。
元々俺には懐いていた方ではあったけれど。この態度は殊更俺を付け上がらせた。




「――――ああッ、ぅ!! ……っは……、はあ」




右手にべったりと付いた精液。
それを拭うでもなくただ漠然と眺めてふと不思議な感覚に陥る。
別段嫌悪感があるわけではない。だけれど、まさか自分がこういうことをするとは。
こいつに出会って話が持ち上がるまでは露ほども思っていなかった。

ちらり、ばれない程度に一氏へ視線をずらして少し後悔する。
奴は射精後特有の倦怠感にくたりとしていた。
弾んだ吐息も赤らんだ頬も自然現象の一つなのに。実に、目の毒だ。


「……あの、いつまで見とるんすか」
「ん、ああ……ティッシュ取ってや」
「それ、俺に頼むんか……」


少し気まずそうに口を開いた一氏が言わんとしている“見ている”対象はどちらか俺には判らない。
けれどどちらにせよ手の平のものは拭わなければならない。

一氏も文句を口にしながらも結局は取ってくれた。
なんだかんだ言って頼みはきいてくれる。
まあ、奴自身が一番見たくないものだからかもしれないが。
そして拭い終わった頃合いを見計らってか、普段なら絶対にしない舌足らずな口調で「先輩、」と呼んだ。


「(ほんま好きやな、)……っん……」
「ぁ、……っふ……」


向けられた双眸ははっきりとこれを強請っていた。
口の中を弄られたら直ぐに弱るくせに、何度もせがんでは何度も俺に食べられている。
未遂の中にどれだけ俺の自制の賜物が存在しているか、きっとこいつは知らない。

最初は恐る恐るだった。回数を重ねるごとに慣れた。最近では二人の間で当然の行為になった。
それでも一向にキスする間の息継ぎは上手くならなくて。


「っはあ、……はっ……、」
「……相変わらず下ッ手やなあ」
「ッ先輩が……上手すぎるんと、ちゃいますか……!」
「そら、どーも」


こうやってキスの合間に何度か口を離している。
そのタイミングさえも無意識に判るようになってしまって。慣れとは本当に恐ろしい。


「なあ、挿れてもええ?」
「……ええですよ」


しかしながら。俺達の関係は何とも曖昧で不安定だった。
恋人同士ではない。けれど肉体関係はある。だからといって(俺からすればだけれど)セフレではない。
単なる部活の先輩後輩。ああでも、傍からはそう見えないらしい。多分半分は俺の所為。


「〜〜〜〜っァ、! ……あ、っんん……」
「は、……っ動くで」
「んっ、………ひ、ぁ…あッ……は、」


腰を打ち付ける度に逃げようとする腰を引き寄せて、一際高く啼いた声が耳を犯す。
組み敷いている体勢から見下ろす一氏の顔が目を犯す。

この喘ぎ声や顔に興奮するなんて。もう色々手遅れだろう。
自嘲は浮かんで直ぐ消えた。

半勃ちだった一氏のものを律動に合わせて扱いてやれば、それに合わせて中も締まる。
気持ち良い。何とか繋ぎ止めている理性が飛んでいきそうだ。
そしてそれは奴も同じようで。きつく握った両手ときつく閉じた目蓋。
力一杯その手に引かれたシーツは既に皺くちゃで、そろそろ限界が近そうだった。


「やぁ、もっ…あか……ッ先ぱ、せんぱ……あ、かッ……」
「っ一、氏……ッ、……ん!」
「先、輩ぃ……ァ、っ……せ、っぱ……あ、あッんん――!」


一足先に達した締め付けに誘発されるように昂って、数拍遅れて自身も達する。
互いに大きく呼吸を乱し、弾けた白濁液をまたもやぼんやりと眺めた。

後どれだけこういう行為が出来て。いつこの関係が終わるのか。
今まで見て見ぬ振りをし続けてきたことが一気に押し寄せてきて、正直怖い。
懐かれているだとか、従順であるとか、全部全部俺の自惚れだったならば。




「せんぱ、」
「っあ! やべ、中に出してもた」
「……そんなんどうでもええ。なあ、先輩」


俺が見せた焦りなど微塵も気にした素振りはなく、俺のものを銜えたまま一氏は抱き付いてきた。
――――卒業、おめでとうございます。

その声音はいつもの棘のある物言いからは到底想像の付かない、弱々しく震えたもの。
そして唐突に述べられた祝辞は全くと言って良いほど祝辞の意味を成していなかった。


「先、輩……」
「なん」
「卒業したら……終わり、ですか」


知らない。こんなこいつは見たことがない。こんな。




「……嫌や、捨てんで……っ、捨てんでください――!」




こんな縋って泣く姿など。それは奴が、一番嫌っていた姿だ。
そう、以前口にしたのを俺ははっきりと覚えている。
冷めた眼差しで。突き放して言っていた。そんな奴が今俺に泣いて縋っている。


「……捨てへんよ」
「!」
「でも、せやな……今の関係は終わらそか」


自分勝手かもしれない。自惚れかもしれない。でも、今度は俺が腹を括る番だと。
これで、曖昧な関係は終まいや。




曖情
-Vague feelings-



(……俺と、付き合うてくれませんか)
(はい……ッ!)


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