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疲れたから膝を貸してくれ、そう言われたのは随分と前の出来事だ。
時刻は16時を過ぎており蓮二に膝を貸してから2時間は経過している。

所謂“膝枕”と呼ばれるもの。
いくら俺らの関係が俗に言う恋人同士であるとはいえ、男の膝の上というのは辛いと思うのだが。
蓮二は頬笑みながら「構わない」そう言った。
本人が言うのだから良いのだろう――そう深くは考えない方向で、読みかけの本の文面を追う。

開いた窓から流れる涼風。季節はすっかり秋色だった。


「……、ん」
「蓮二? 起きたのか?」
「今、何時だ……」
「16時過ぎだ」


16時、伝えた時間を反芻して蓮二はもぞりと体勢を変える。
どうやらまだ起きる気はないらしい。
再び眠るのに適した体勢を求めて横向きになったところで、漸く落ち着いたのかまた眠りに落ちた。
投げ出していた腕を俺の腰元に巻き付けながら。

甘えるような仕種は蓮二にしては珍しく、ついまじまじと見てしまう。
無論見たのは寝顔で、ここまで無防備な寝顔を向けられたのは久し振りだ。


「最近まで忙しかったもんな」


全国屈指の立海男子テニス部。
年間を通して多忙をきわめる生徒会。
それを兼任し“参謀”と称される蓮二の仕事量は尋常ではない。

しかして、その膨大な量をそつなくこなしてしまうものだから。
感心と同時に心配を懐くのは当然であろう。


「どう見ても、働き過ぎだろう」
「……そんなことはない」
「うん?」
「俺は、やれることしか、やっていない」


くぐもった声であった。
常日頃から明瞭に話す口調からは似ても似つかぬ、そんな声音。
もしかしたら、寝惚けているのかもしれもない。
ぐり、額を腹部に押し付けながら「やれることしか、」と繰り返した。
これだから俺が心配したくなるのに。それを蓮二は理解していないのだろう。


「そうだな。お前は、良く頑張っている」
「ん……、」
「ゆっくりおやすみ」


浅い眠りを深い眠りにするために優しくそっと頭を撫でる。
その手に無意識に擦り寄る蓮二に口元を緩め、この行為がひどく落ち着くのだ、と言っていたことを思い出した。
さら。絹糸のような髪は梳いても指に絡まない。綺麗だ。



***



ふう、吐いた息は思いの外部屋の中に大きく響いた。
読書の没頭していたためか時間感覚が麻痺している。
窓の外は既に暗い。濃紺の空。
時計に目をやると、間もなく19時になろうとしていた。


「もうこんな時間か」
「その本は面白かったか?」
「――っ、! 吃驚した、起きていたのならそう言ってくれ」
「すまない。あまりにもお前が集中していたからな、話しかけるのもどうかと思ったんだ」
「……ということは、もっと前に起きていたな?」


責めるような視線を投げるも蓮二はどこ吹く風。
それどころか興味深いものが見られたといわんばかりの笑みを浮かべている。


「まあ、そう怒るな」
「今更怒りはしないさ。ただ、」
「気恥かしいのだろう?知っている」
「……確信犯とか性質が悪い」
「それこそ今更だ」


そういけしゃあしゃあと言ってのけた蓮二は、穏やかに笑っていた。




睦語り
-戯れた語らい-



(この表情が見たいがために、)


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