初めまして、そうはにかんだ男は父よりは大分若く幼く見えた。
当然俺よりは年上なのだが、それでも父と呼ぶには些か歳が近く感じる。
「…ハジメマシテ」
随分とぶっきら棒なものであっただろう。
母が誰と再婚しようと自由だけれど、それに俺が順応するかは全くの別問題で。
要するに、俺は新しい彼を"父"とは呼べなかったし思えなかったということだ。
物心がついて間もない頃だからか、余計に頑なであった。
自分自身でも説明し難い感情と急転の関係へ上手く立ち回る等、求める方がどうかしている。
挨拶も必要最低限に抑え、会話らしい会話も避け、呼び掛けるなら"なまえさん"と。
「……あの子は、俺が嫌いなのだろうか」
「ごめんなさいね…多分まだ受け入れられないだけだと思うの、だから――」
「ああ、ごめん――そんなつもりじゃないんだ、ただ…ちょっと淋しいかな」
それを愁いげにでもどこか諦め顔で許容する彼に罪悪感を懐いたものの、他人行儀を徹底的に貫いた。
彼は俺にとって"父"ではない。
けれど俺は彼にとって"息子"であると、ただそれだけを胸に深く刻んだ。
***
哀愁漂う背中を密かに見つめ続けて気づけば中学3年生になっていて。
戸籍上の父が出来て5年が経つ。
長かった。それはもう気が遠くなりそうな程だった。
跨いではいけない境界線など疾うの昔に把握していたし、越えてしまった後の行方も粗方想像はついていた。
だから何とか踏み留まっていたのに。
そろそろ糸が擦り切れてしまうのではと危惧する程に限界は近い。
「なまえ、さん…」
彼の名を呼ぶ喉が熱い。
この熱の名を俺は知っている。
この焦げるようなじりじりとした痛みを知っている。
しかして、今まで俺はこれに幾度となく冷水を浴びせ存在そのものを無いものとしてきた。
欲しいものを欲しいと愚直に強請るなんて真似、許される筈がない。
「呼んだ?」
小さく発した言葉にさえもこの人は掬い上げ構ってくれる。
今回も例外ではなく、数秒とせずに中から顔を出した。
当然のように整った顔を眼前に突き付けられ、そこで初めて何も考えていなかったことに気付く。
ああ、しまった。何か用事という名の言い訳の一つでも考えておけば良かった。
「!あ、いや…何でもない、っす」
「…そう」
つっけんどんな態度になまえさんが困じたのが手に取るみたいに判る。
違う、俺はそんな表情をさせたい訳じゃない。
ただ紙切れに記された関係を維持しようと躍起になっているだけで。
悩ませる気なんて哀しませる気なんてこれっぽっちもないのに。
何か、何かこの表情を変化させる言葉を言わなければ。
「なまえ、さん…」
「うん?」
「……ッ、…あ、の…」
「うん」
「っ……、俺ッ…あんたのこと、別に…嫌いじゃ、ない……!」
唐突だという自覚はある。
けれど、他に何も思い浮かばなかったのだから仕方ない。
そうして、絞り出した声は情けなくも震えていた。
素直に本心を曝け出すことがこんなにも、気恥かしく気を張るものであっただろうか。
「――――ッ、ブン太…!!」
「ぅあ?!…っちょ、」
俺の唐突な告白に目を丸くして固まっていたなまえさんが、くしゃっと顔を崩して。
同じく唐突に抱き締めてきた。
感極まった、そんな感じ。ずっ、と微かに鼻を啜る音がする。
「そ、か……俺、ブン太に嫌われて、なかったのか…!」
「……っ…」
良かった、と。
本当に安堵した風に吐き出した彼の言葉が張り詰めていた俺の糸に止めを刺す。
ちらっと見えたなまえさんの表情は先とは打って変わって。
泣き顔ながら、嬉しげであった。
wea ve hemen ce nsurable
-咎め得る劣情-
(燻ぶる罪悪感は、果たして誰に向けたものか)
←
×