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狡い人だ、と。

あっさり離れていく唇をぼんやりと見つめながら思う。
こちらの想いを滅茶苦茶に掻き乱しておいて、当の本人は素知らぬ顔なのだから。
しかも故意と無意識が半々であるものだからなお質が悪い。
せめて、そのどちらか片方であれば此方としても構えようがあるというものだ。


「…財前、大好き」
「……はいはい」
「気持ちが籠ってない!」


そうぷりぷりとほんの数秒剥れて、けれど直ぐ様俺の好きで嫌いな笑い顔に変わる。
まるで何事もなかったかのように前の表情を引き摺らず。
その度に思うのだ。弄ばれた、と。

決してなまえさん自体はそんなこと微塵も考えていないだろうが。
俺にはそう思えてならない。

好きだと口説かれる度に。
熱を孕む瞳が向けられる度に。
愛しげに唇を落とされる度に。

胸が抉られるように痛み、悲鳴を上げて仕方がないのだ。


「……何すか」
「ん?財前充電中ー」
「昨日も一昨日もしたやないっすか」
「…したけど、軽いスキンシップしか出来なかったし」


二人っきりなんて学校じゃ無理だからさあ。
力強く抱き着かれ、甘ったるく丸め込まれる。
この声音に俺がひどく弱いことをこの人は知っているのだろうか。

まあどちらにせよ酷い人にはかわりない。
ならば嫌いになれれば良いのだろうけれど、絶対そんなことは有り得なかった。
だって、俺はこの人が。


「財前」
「!」
「ねえ今日話してた男、誰?」


声の鋭さの割に至極柔らかい笑顔。けれど、黒く深い双眸の色は冷たい。
きっとこの眼に映っているのはこの人の知らぬ男の影。
なまえさんは絶対に妬心を俺にはぶつけないのだ。
代わりに犠牲になるのは専ら周囲の人間。

しかし、それさえも彼にかかれば無意識であった。
事実俺が声をかけた途端にその色は形を潜め、影も形も残さない。


「なまえさん、」
「あれはわざと?」
「ちゃいます、たまたま……っ、ぁ…」
「…ん……」


とことん彼は俺の言葉というか意思は無視であった。

吸われた箇所が熱い。
いつもなまえさんは唐突で気紛れで奔放で、なのに俺は嫌いにはなれない。
結局はこの人にベタ惚れで。


「…付いた」
「……そっすか――…もっと付けてもええですよ」
「んー…いやいい、財前も付ける?」


そう言うや否や少し身を離し、首元付近を曝け出してくる。
本当は一つなんかじゃ足りないくせに。なんて文句は腹の中。

差し出された餌を目前にそれを突っぱねるなんて芸当、俺には到底出来得ない。
差し出されれば抗わずこれ幸いと頂くが、しかしながら想いの半分も提示はせず身を引く。
恐らく、この人が思っている以上に俺の想いは重たいのだ。




概括は相思相愛
-なのに関係は平行線のまま-



(交わりはきっと遥か彼方)


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