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「何やねん…そのちっこいの」


みょうじ家に上がり込むや否や開口一番、ユウジはそう言った。
どこか不機嫌そうなのは子供嫌いの所為か。
はたまた乳臭さが抜けぬ幼子がみょうじに張り付いている所為か。

どちらにせよその幼子を睨み付ける形相は凄まじいものである。


「こらユウジ…そない睨むなや」
「解せん」
「甥っ子やねん、今預かっとってな」
「ほお……で?何でお前にくっついとんねん」


普段の三割増しの勢いで仏頂面に拍車が掛かっている。
それにみょうじは苦笑いを浮かべるけれど、彼自身もこの状況をどうにかしたいと頭を抱えているのだ。
甥は胸元をがっちりとホールドし、服に縋り付いたまま頑なに離そうとしない。
みょうじ曰く、叔父と見た目が酷似しているらしく初めて会った時からひどく懐いていた。


「餓鬼の癖に生意気や」
「そう言うなて……寂しいんやろ」


叔父さん先月から単身赴任やねん、そう言う表情は慈愛に満ちていてますますユウジは気に食わない。

本来ならばその顔は眼差しは声は場所は全て恋人であるユウジに与えられるものであるはずだ。
それを横から掻っ攫うような真似、許せるわけがなかった。
眠いのか言葉にならない音を発しながら特等席の中でもぞもぞ身動ぐ幼子。

高々会って一ヶ月ぽっちにも満たないその子は、ユウジが二年かけてようやっと得たそのどれもこれもを無条件に注がれるのだ。

例えそこにあるのが極々自然な家族の情だとしても。
自分よりも高位置に居るような気がしてならないのである。


***




「……ユウジ?」
「!…な、何や」
「何ややないわ。急に黙りよってからに、気になるやろ」
「気に、なる……?誰が?誰を?」
「俺が、お前を」


急に心配の色を滲ませながら現れたみょうじ。
どうやら幼子を寝かし付け終わったらしい。
淀みない足取りも返事も脇目も振らずユウジに向けられていて、知らぬ間に言葉を発していた。
それは敢えて言うなら無意識か反射的か本能的か、その何れにも当てはまるような気がする。




「…あ……あいつ、よりも…?」




口から飛び出してしまってから「あ、」と口を覆った。
これでは自分が年端のいかぬ甥に妬心を抱いていたことを露呈することになる。
そんなこと。


「…」
「…〜〜」
「……っぶは!っく、くく」
「な、わ、笑うなや!」
「せやかて、っ…あいつとお前じゃ話にならんやろ…!」


盛大に笑ったみょうじは涙さえ浮かべていて、納得いかない。
言われた言葉の意はユウジの自惚れでなければ望んでいた言葉で。
けれどはっきり言われないと判らない、というのが当然の思いだろう。


「な、んやねん…それ…!」
「っはーあ……俺ん横はお前以外有り得へんし、キスもセックスもお前以外にせんわ」


勿論甥っ子なんて論外やっちゅーねん、と涙を拭いながら笑うみょうじにきゅっと心臓が引き締まって。
まただ、少しの悔しさを感じるのに熱くなった頬が憎い。




ダッチロールな脳内
-ループ旋回の果て-



(この笑みにいつも絆される)
(人生惚れたもん負け、や)


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