決まって幸村はそこを陣取っていた。
或る時は柳と或る時は真田とまた或る時は柳生と、はたまた一人でと。
とにかく違わずその席に居るのだ。
「幸村くん、こんにちは」
「こんにちは」
「この前話していた本なんだけど、今朝入ったって」
「そうですか…借りても?」
「うん、先約されてないから大丈夫だよ」
事務的な手続きを手早く済ませるとみょうじは先の話題の中心である本を幸村に渡した。
ひどく分厚いそれとこの空間が部活も委員会も学年も被っていない二人を繋ぐ唯一のものだ。
ずし、と手にかかる重さを確認すると幸村は小さく微笑んでいつもの定位置へ。
その変わらない動作にみょうじも自然と微笑みで返す。
「その本、さっきちら読みしたけど面白そうだね」
「なら、読み終わったら先輩に貸しましょうか」
「うんそうしてくれると嬉しいな」
受付に座っているみょうじからその常の位置は良く見えた。
無論、みょうじから見えるということは相手の幸村からも良く見えるということなのだが。
互いにそのことには触れるような真似はしない。周りも触れない。
触れたら最後、この絶妙な関係性は崩れ去ってしまいそうで。
「「(まだ、このまま…──)」」
心の奥底では一歩進みたい、と願っているはずだけれど。
進まずに留まっているのはきっとこの立ち位置が二人にとって心地好い微温湯だから。
「幸村くん」
「はい、何でしょう」
「部活でレギュラー入りしたんだって?」
「!知ってたんですか」
思いもよらぬみょうじの発言にばっと顔を上げ、その表情は動揺の色を隠し切れていない。
嬉しさと気恥ずかしさ、それに僅かばかりの焦りと哀しみを混じたもの。
それは今まで一度もみょうじの前では浮かべたことのない、ある意味新鮮な人間味のあるものだった。
「テニス部の知り合いから聞かされたんだ」
「そう、ですか…」
「努力が実って良かったね」
「!!」
ゆったりと落ち着いたいつもの声がじんわりと胸に滲み広がる。
肯定してもらえる言葉を貰ったのは久し振りであったのだ。
だから。
────この人を好きになって、本当に良かった。
そう本心から思えた。
「一年からレギュラー入りなんて早々出来ることじゃないよ」
「……先輩は俺がレギュラー入りするのは、生意「思わない」
常勝、強い奴がレギュラーになるのは必然なことでしょ。
報われた、気がする。
今までのもこの想いも全部、丸ごと包容されたのだ。広く柔らかい彼に。
後光の差す窓辺で
-それは温かくも優しい抱擁だった-
(やはり好きだ)
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