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珍しい、そう純粋に思った。

隣に座っているみょうじは額に手を添え、顔を俯き加減に瞼を閉じていた。
ほんの僅かに肩が上下していることから眠っているのが判る。
春眠暁を覚えずなんて諺はあるけれど、まさか奴にそれが当てはまるとは思ってもいなかった。
その前に座っている赤髪の級友なら大いに有り得るのだけれど。

兎にも角にも諺云々は置いといて、みょうじが転た寝をしているのは信じ難いが明白な事実。


「(……ま、この授業じゃ仕方ないかのう)」


教壇の上ではそろそろ定年間近の年配の教師が評論を朗読していた。
単調な物言い。それは抑揚が然程もなく、ただ淡々と読み上げるのだ。
眠くもなるだろう。勿論教室の半数以上の頭が落ちている。

かくいうも俺も奴の転た寝に気付かなければそれらの仲間入りするところだったのだが。
予定変更。みょうじを観察することにした。




「…」
「…」




じーっと、それこそ穴が開くのではと思わんばかりに見つめてみる。が、起きる気配は一向にない。
ぽかぽかとした陽気が窓から降り注いでいて、睡眠にはさぞ心地好いことだろう。

伏せられた眼から伸びる長い睫毛。
薄く開いた仄赤い唇。

黙っていればモテるであろう容姿は奴の天然さに負けていた。
みょうじへの告白が成功したなどという不本意な噂は一度も聞いたことがない。


「……ん、」
「!……」


眉間に皺が寄り、添える手の位置が微妙に変わる。
なのに、浅い眠りでありながらみょうじは中々目覚めない。

添えられた指に触れたら起きるだろうか。
顰められた眉間を押したら起きるだろうか。
曝け出された耳や項を撫でたら、その誘う唇を掠め取ったら。

ふつふつと沸き起こされる欲求に必死の思いで制御をかける。
みょうじの覚醒は本意ではないのだ。


「…っ…!……におー…」
「何じゃ」
「何、見てんだよ…起こせよ」
「却下。みょうじのきちょーな寝顔ナリよ?そんな勿体無いこと出来るわけなか」


きっと自身はしたり顔を浮かべているのであろう。
みょうじはバツが悪そうに視線をさ迷わせ、少し恥ずかしげに口元を覆った。
どうにも居た堪れない時にする奴の癖。俺だけが知ってる癖。
俺だけに見せる好ましいもの。


「ったく、も……お前はいつもそ、やって…」
「何のことかのう」
「白々しいんだよ…!…はーあ」


大袈裟に天井を仰いだみょうじは首を鳴らして頭を掻き毟っていた。
相当寝顔を見られたのが堪えたらしい。
こちらを横目に見る眼差しが恨めしそうで、それがまた俺の笑いを誘うのだ。




春の利運
-今日はついているらしい-



(あー…写メでも撮りたかったぜよ)
(ざけんな……っ!)


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