「――――っ、お待たせしました……!」
「おー、別にそない急がんでも良かったんに」
息を切らして階段から駆け降りて来たのは光クン。
因みに待ち合わせの10分前や。
もうちょいゆっくり準備しても全然構わんのだけど。
やっぱそうもいかないのが光クンらしい。
目の前で青筋立てているこいつだったら余裕ぶっこいて逆に遅れるのだが。
で、何で俺が財前家にお邪魔しているかというと…単純に早く着いてしまったためである。
ただ、そのまま外で待つと確実に変質者扱いされて通報されかねない。
結果あいつに問答無用で電話とメールの連続攻撃をして、快く居れてもろたわけや。
「自分は遠慮っちゅーもんを知らんのか……!」
「はあ? 普通に知っとるし、急に何ワケわかんないことほざいてんねん」
「こいつ……ッ俺の貴重な休日の安眠を奪いよってからに……もー我慢ならん! 今日という今日は堪忍袋の尾が切れたで俺は! なまえッ、そこになお「喧しいわ!」
相変わらずの被害妄想とマシンガントークを一喝したのは光クンで、その眉はつり上がっていた。
やっぱ兄弟やな。苛ついてる顔がそっくりや。
まあ勿論光クンの方が何百倍も可愛いんやけど。
「何や光、止めんな! 今日こそこいつの歪んだ常識を叩き直すんや!」
「歪んでんのはあんたの顔や! なまえさんは今から俺と買い物に出掛けんねん! 邪魔すなや!!」
「何やと?! イケメンの兄貴目の前に何寝惚けたこと言うてんねん!」
「っは、よう言うわ! 自分なんかななまえさんと並んでみい、ただのフツメンやで!」
「はあああっ?! おま、どんだけなまえを美化しとんねや! 恋する乙女か!! サブいっちゅーねん!」
「ッ、――恋して悪いかッ!! つか、なまえさんは美化せんでも文句なしのイケメンや!」
……は?
存外奴の発した声は直前まで興奮していたとは思えない程落ち着いていた。
対する光クンはまだ興奮が冷めきらない様子で、鬼の形相で兄である奴を睨み付けている。
これは……自分が何を言ったか気付いてへんな。
奴はぽかんと口を開けたまま俺は笑ったままの表情で固まった。
だって、信じられない。
「光クン」
「え……ぁ、――っ!!」
奴がどうしたものかと呆然と困惑が入り交じった視線を俺に向けるものだから。
機能停止した脳内のまま光クンに声をかける。
一人言のような声音で発した呼び掛けをどう捉えたのか。
しまった、そう言うかのように彼の表情が一瞬のうちに強張った。
心なしかその瞳は潤んでいる気がする。
「……え、と……今のって、」
「ッ……忘れて、ください……!」
絞り出したであろう声は弱々しく、左手で口元を押さえる彼は今にも泣き出してしまいそうだ。
そうならないのは昔にはなかった自制心か自尊心があるからだろう。
必死に溢れ出る感情に呑まれないよう曝け出さないよう、堪えようとして失敗した顔付き。
くしゃりと歪んだ表情は年相応に幼くて、愛しかった。
「……俺、嬉しいわ」
「、え……?」
「光クン、俺のこと好きなんやね……?」
こく。
無言で首肯する姿が無性に可愛く感じられ、生じた衝動のままに手を伸ばした。
何の抵抗もなく腕の中に収まった光クンは未だ混乱しているのか、身体を硬直させたまま。
「――……俺も、好きやで」
「……っ……う……そ」
「ほんまやって」
内緒話をするような声音で囁けば、火が付いたみたいにぼっと顔全体が赤く染まる。
けれど、信じられないとでも言うかの如く不安気な瞳が俺を映して。
それを吹き飛ばす様に光クンに向けて笑いかける。
勿論、抱き締める腕の力は緩めない。
「せやから、俺と付き合うてください」
「! ……っぅ、……ぁ……お、お願い……します」
段々と尻窄みになっていく語尾と一緒に俯き加減になっていく顔。
僅かに見えた耳までが真っ赤で、そんないじらしい姿がモロ俺のツボだった。
ピンホールサイズの火種
-いずれは大きく燃ゆる-
(……光クン、今日俺のピアスだけやのうてピアス交換もしよか)
(! ――……はいっ!)
((俺めっちゃ空気や……))
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