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宍戸亮という少年は近年稀に見る純情少年だろう。
職員室の窓からなんとなしにテニスコートを眺めていたなまえはそう思った。

目下に広がるのは中学にしては広大なテニス部用の敷地。
新任して来たときから思っていたことだが、ここは何もかもが規格外だ。
学校自体の敷地面積然り、学生の家庭環境然り、先生の待遇然り。
最もその待遇の良さに見合った実力を求められるのだが。


「(……今日は後輩指導、ね)」


視線の先にあるのは彼のトレードマークである帽子。
なんて見分けやすい。
まあ、きっと帽子が無くともなまえならばいとも容易く見付けてしまうだろう。

例え彼がこの学校には珍しい純朴で平凡な学生だとしても。

至極失礼な物言いだが、これが彼への第一印象なのだ。
特に最近部活の関連でバッサリ髪を切ってからそれは顕著になった。
前は少々自尊心が高く高慢にさえ見えていたのだが、それもすっかり抜けている。

自慢の髪だったのに、そう頭を掻きながら目線はそのままになまえは目を細め席を立った。
そろそろ部活が終わる時間だ。



***



宍戸が叱咤激励している。
根気良く身ぶり手振りで伝え、良ければ飾ることなく褒めるし悪ければ容赦なく正していた。
後輩もレギュラーの指導だけあって誰もが真剣そのもの。
飛んでくる宍戸の鋭い声が唐突に切れて、跡部の部活終了の号令がかかる。


「いいかお前ら、今日言ったこと忘れんじゃねーぞ! 分かったか!」
「「「ッはい!」」」


威勢の良い返事に満足したのか今まで引き締めていた口の端を弛め、踵を返した。
今日のコートの整備は2年だから邪魔になる前にと片付け始めている後輩らの横を足早に通り過ぎる。
しかしながら邪魔になる前にというのは聞こえの良い建前。

実際の理由はもっと別のところにあった。


「宍戸」
「! なまえ! 、先生……」
「部活お疲れ様」
「……っお、おう」


部室へと向かっていた宍戸は掛けられた声に勢いよく振り返る。
立っていたのはさっきまで職員室に居たなまえだ。
彼を認識した途端、居心地悪そうに首に掛けたタオルを握る手に力が籠った。
付け足したような単語だけが不安定に浮いていて、なまえは苦笑せずにはいられない。

こんな中途半端なタイミングでは会いたくない、そんな表情。

だけれど俺は一分一秒でも早く会いたかったのだと、一人勝手に納得したなまえは穏やかな笑みを向ける。


「着替え終わったらいつものように裏口に、な」
「……それだけ?」
「うん? 駄目だったか?」
「あ、いや、別に……でも、わざわざ言いに来なくても」
「んー……宍戸に会いたかった、それじゃ理由にならないか」
「――、っ……!」


真っ直ぐそう言われてぐっと喉を詰まらす。
こういう表情とこういう台詞に宍戸はめっぽう弱いのだ。

不自然に火照った顔を見られないようタオルを押し付け、ふるふると頭を横に振った。
それっきり口を開かなくなってしまった宍戸の頭に手を置くと、ほんの僅かではあったが面が上がって。
赤く誘うその唇を塞いだ。


「! んッ、――……ふ、……ぁ」
「……ん……それじゃあ、待ってる」
「……っき、着替えて来るんで!」


数秒の間を開けて駆け出してしまった背中を見送る。
ちらりと見えた耳は火照った頬なんて目ではない程に真っ赤で。
いつまで経っても初な反応になまえの口元は緩みっぱなしだった。




simple and honest
-触れるだけのキスでさえも-



(さて、慣れるのはいつになることやら)


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