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別に何を見たわけではなかった。
ただ、光が鳴海さんと話していただけで。


「……」


面白くない。
相変わらず光の態度はにべにもないもので。
きっとあの人にとっては物珍しいだけなのだろう。
俺が親しげに話しているから。
だから、何があるわけではない。分かっているのに。


「……なまえ?」
「(……何やねん)……」
「なまえ!」
「っだ?! っ……な、なに」


思いっきり脳天に謙也のチョップが決まって、呆れた風な表情と対面する。
何故叩かれたのか分からず見返すと、はーっと深く溜め息を吐かれた。
いや、何故。


「自分目付き悪いで」
「は? 嘘、」
「嘘吐いてどないすねん。……ったく、光と仲がええのは分かるけど少しは離れたりや」


ベタベタし過ぎやで。
俺らの関係を知らない謙也からしたらそう見えるらしい。
確かにあれから少しずつスキンシップは増えていって、不審な目で見られることもしばしば。

まあ、お互いに気にはしていないが。

それでも的を射た言葉にぐっと空気を飲み込み、バイト用のロッカーに脚を向ける。
背後からやいやい言う謙也を無視して。
光はこちらを見なかった。



***




「なあ、何でそない機嫌悪いんー?」
「はい?」
「いつもより2割減のスマイルやんか。バレバレやし」


客足が少なくなった頃合い。唐突に鳴海さんが話しかけてきた。
いつものしたり顔が無性に腹立たしく感じられる。
だけども、これがこの人の通常スタイル。

分かってはいるが、だからといって苛立ちが無くなるわけもなく。
今口を開けば八つ当たり染みた物言いになってしまうのは明白。
それだけは避けたくて無言を貫くと、わざとらしく鳴海さんが手を叩いた。
所謂、”閃いた!”のポーズ。


「さっきのピアスくんやろ!」
「……」
「図星みたいやな。……へー、自分もかわええとこあんやん」
「……頭可笑しいんとちゃいますか」


どうにかこの人が浮かべる笑みを止めさせたくて横目で睨む。
けれど、当の本人はどこ吹く風。
気にした素振りはなく、けたけたと笑っていた。


「あの子もかわええけどな」
「…………は?」


どこか含みのあった言葉。
これは、どう取るべきなんだろうか。
鳴海さんも光をそういう対象で見ているということだろうか。
でもこの人なら有り得そうだから、油断ならない。

じとっとした視線。あからさまに歪めた表情。

そんな俺の反応が相当お気に召したのか「冗談や」と言い放った声はやはり笑いを孕んでいた。



「心配せんでも取らへんよ」



茶目っ気のある年不相応の幼い笑顔。
また、やられた。一瞬遠のいた思考で頭を抱える。
どっと脱力感が身体中を巡って。
鳴海さんの冗談さえも受け流せないぐらい切羽詰っていたようだ。


「お、噂をすれば……いらっしゃいませー」
「あ……いらっしゃ、光?」
「遅いんで迎えに来ました」


マフラーに顔を半分埋めてやって来た光。
その鼻の頭が赤く悴んでいたのを見留めて、胸のもやもやが少し軽減する。
寒い中、光が来てくれたことが純粋に嬉しい。
でも「どーもー」と横からしゃしゃり出る鳴海さんにまたいらっとする。

ちら。窺うように光が鳴海さんを見上げて小さく頭を下げた。


「……ども」
「わざわざ迎えに来るやなんて、かわええなあ」
「……はあ」
「みょうじセンパイ、もう上がる時間やない?」


そう言われて時計を確認。
確かにバイト上がりの時間だった。
この場に二人を残すことは少なからず憚られたが、仕方ない。
急いで着替えるに限る。



***



今日のなまえさんはどこか可笑しい。
いつもの朗笑はぎこちなく、俺に見せた大げさなまでの安堵の表情。
夕方からそうだった。
その時はこの胡散臭い男に捕まっている間になまえさんは居なくなっていて。
少し落胆したのは言うまでもない。


「仲ええなー」
「……」
「あん子のどこに惚れたん?」
「あんたに関係あらへん」


正直、しつこい上に鬱陶しい。
ぎろり、と下から睨み上げるも「おー怖ッ」なんて全然怖がっている風には見えず。
ほんまようこんな人とバイトやっとるわ。


「別に減るもんやなし、ええやんー」
「っ、ちょ」
「鳴海さん」


不意にがっと腕を掴まれて、背筋に走る緊張。
それに抗議の声を上げる前にいつになく低い声に遮られた。
顔付きも険しい。
そんななまえさんの姿に鳴海と呼ばれた横の男は俺の腕を静かに離す。


「いくら鳴海さんでも、ホンマ怒りますよ?」
「もう怒っとるくせに」


冷えた空気にそぐわない笑み。
ぐい、今度はなまえさんに。この男よりも強く引き寄せられた。




「こいつは俺んです。近付かんといてください」




凛とした声音。真っ直ぐとした眼差し。
押し付けられた胸板の温かさが胸に広がった。



椿事の在る日
-耳を疑った-




(光、もう来たらあかんで)
(……えー)
(えー、やない! 鳴海さんしつこいねんからな!)


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