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日は既に沈んだ。
自室のカーテンは閉め切っている。故に暗い。
照明は光源としての役目を果たしておらず、しかして辺りはよく見えた。
長時間暗闇に身を置いているから目が慣れたのだ。


「……っ、なまえッ、……ひ、ぅ……ぁ、ぁ……ッ!」


涙ぐんだ喘ぎ声が俺の名を呼ぶ。
さっきからずっと。でも、俺は応えない。
ひたすら無言を貫き通し、じっと雅治を見据えた。

赤みが増した瞳が切に解放を訴えている。
意味ある言葉が発せない口の代わりに。


「ッん! 待、っゃ、あッ……っ……また……、イく……ッ」
「……イけば良いじゃん」
「……ふ、……ァッ、や……っ……イきたく、なっ……は、……ああっ!」


びくん。
雅治の身体が一瞬大きく揺れて、本日何回目かの射精を遂げた。
肩全体で息荒く呼吸をする雅治。
奴の後孔には無遠慮に暴れ回る人工物が突き刺さっている。
そのリモコンは俺の手の中。


「……っ……ぁ、ぅ……」


疲労困憊なのだろう。
力なくベッドの淵に上半身を預けたまま僅かに身を捩るだけ。
射精後の余韻に浸る間もなく続く強制的な刺激。
もう限界に近いであろう雅治の意思とは裏腹に性器はまたゆるゆると頭をもたげ出して。
表情が苦しそうに歪む。


「う、なまえ……、も……嫌じゃ、……ぁ、……んっ、止め、……!」


力の抜けた下肢は歩行には役立たないから、ずりずりと這いずって俺にしな垂れかかった。
別に両腕を拘束しているわけではない。
でも、雅治は俺に解放を求める。健気なものだ。


「雅治……」
「ぁっ、……なまえ、ん……ッ……っは、ぅ……」
「……止めて欲しい?」


ぎゅうっと俺の腰周りに腕を回した状態で何度も頷く。
そうすれば、解かれた銀の髪が軽い音を立てて散らばった。

人工的に染められた銀。目蓋の奥にチラつく残像。

奥歯を噛み締めて、雅治の頭を撫でた。


「なあ、雅治……」
「っん……何、じゃ……?」
「あの女子、誰?」
「じょ、し……? ……っぅ、……ぁ」


俺の問いかけに答えようと思考を巡らせているのだろう。
上気させた頬のまま数秒沈黙。
そして、はっと表情が固まった。
心当たりがあるようだ。


「あ、れは……違ッ……ひ、あ……っん、ぅ……!」
「……ふーん」
「ッ、あ! ……や、なまえっ……ッ、動か、さんで……あ、ぁっ……」
「何か言い訳があるなら言えば? 一応聞くけど」
「……っ……ッ、ふ……」


突き放した物言いに表情が悲しげに歪んだ。
いつも何事にも動じない雅治が、俺の言葉一つに一喜一憂する。
それにおいては嬉しくて仕方が無い。子供染みた独占欲。

だからこそ。
言おうか言うまいか、右往左往する瞳が気に食わない。


「雅治」
「、……ッそん時の俺は……やぎゅ、の変装……ナリ……っ」
「……へえ?」
「っぅ、信じて欲しかぁ……っは、ぁ」


普段の雅治の言動を考えると到底信じられない。
でも、万が一ということもあるし。
一番手っ取り早いのは話に上がった柳生に直接聞いてみることだろう。
腰回りにくっついている雅治をべりっと引き剥がし、携帯に手を伸ばす。

2コールで柳生は電話に出た。


『もしもし』
「もしもし、柳生? みょうじだけど」
「!」
『みょうじくん? 私に何か御用ですか?』


電話の相手が柳生だと認識した雅治は瞬時に身を強張らせる。
咄嗟に右指を口に含んで、電話先にバレないよう耐えていた。


「……っ、ふ……ッぅ、……!」
「柳生に確認したいことがあってさ」
『? 何でしょう』
「雅治のことなんだけど」
「ッんう!? ――っ、ぅ……んーッ……!」


かっと眼を見開いた雅治の形の良い爪が床を引っ掻く。
中のモノは電源入れっぱなし。今俺はリモコンの強さを上げた。

膝を折って段々と縮こまっていく身体。
口を塞いでる奴の顔は真っ赤で、相当苦しいのが窺える。
少しでも力を抜けばあられもない声が漏れてしまうからだろうか。
身体は力む一方だ。


「なんか、雅治が言うには柳生が雅治に変装して女子と居たって」
「……ぅ……ッ! ……んッ、……ン」
『……ああ』


そこまで話したところで控えめなでもはっきりとした笑い声が電話越しに聞こえた。
怪訝な声音で柳生の名を呼ぶと「すいません」とやはり笑いながら返ってくる。
そして言われた意外な事実。


『確かにその時の仁王くんは私です。ですが、その時の女子は仁王くんですよ』
「…………は?」
『部内のちょっとした罰ゲームでしたので』


雅治は嘘は言ってなかった。
けれど、全てを話してはいなかった。

脳内で柳生の声が言葉が木霊して。つまりは、俺の勘違いだったわけで。
一瞬時間が止まった錯覚に陥った。


「……ふ、……ぅっ……ッ、……?」
「――――っ、柳生サンキュ!」
『いいえ。……そうだ、仁王くんを怒らないであげてください』


最後まで仁王くんは反対していましたから、止めの一言だと思う。
了解の旨を口早に発してリモコンと携帯の電源を切った。
と同時に雅治は勢いよく手を離し、足りない酸素を補おうと肩で息をする。

歯型がくっきりと残った指。未だ赤い頬に残る涙痕。


「……なまえ、?」
「ご、めん……俺ッ、ん……!?」
「っん、ッ………許、さん」


とんでもない事をしでかしてしまった、と謝罪しようとした口を塞がれる。
勿論、塞いだのは雅治の唇。
思いがけない雅治の行動に目を白黒させていると、その唇は掠れた声で確かに「許さない」そう言って。
後悔と焦燥に言葉を飲み込む中、雅治は普段らしからぬ晴れやかな笑みを湛えて更に続けた。




「やけん……明日、俺の代わりに幸村に……説明してくれたら、考えちゃる」




こんな身体じゃ明日は休むしかないからのう。
くたり、と身を俺に預けた雅治はそこまで喋ると一瞬で意識を飛ばした。
そして自業自得ながら罪悪感に打ちひしがれる俺を待ち受けているのは、散々たる後処理と。




絶対零度の制裁
-死亡フラグが立った-



(事情は分かった……で?)
(暫ク仁王サンハ部活ニ出レマセン……)
(ざけんなよ?(笑))


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