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「すまん」


俺も急に言われてん、渋顔の父にそれ以上何も言えなかった。
父一人子一人の父子家庭。
我儘は言えない。
申し訳なさそうな表情をした父に笑顔を取り繕って、自室に戻るとそっと唇を噛み締めた。

机上に積み上げられた参考書。
あの人に貰った。
あの人に近付くための。


「――――……っ、!」


やるせなさのあまり腕を振り上げるも喉が詰まって力無く項垂れた。
どうしたって俺は父に従う他ない。


「……無駄に、なってもた」


掠れた自身の声に虚しさが増した。



***



雪がはらはらと舞う寒空の下。
待ち合わせ時間15分前だというのにあの人は既にそこに居た。
マフラーに顔の半分を埋めて佇む先輩は立っているだけで人目を引いていた。


「遅れてすんません」
「気にすなや、俺が早く着き過ぎてん」
「……じゃあ、行きましょか」
「おん!」


嬉しそうにはにかんだ蔵先輩。
一緒にどこかへ出掛けたのは、記憶に有る限り何週間も前のことで。
横でにこにこと頬を緩めている先輩にこっちまで胸が温かくなる。


「! なまえ、っ」
「……あかん?」
「っあ、あかんくない……!」


手袋をはめた手がぶらぶらと視界の端でちらつくものだから、ついその手を握った。
すると途端に慌てた声になって可愛い。
悪戯にぎゅっと強く指先に力を込めると耳まで赤く染め、少し文句あり気に俺を見上げる。


「蔵先輩、かわええ……」
「か、らかうんのも大概にせえ! ……、ったく」


ふん、と鼻を鳴らした先輩にからかいが過ぎたかと思ったが。
直ぐに話し出した様子を見るとどうやら杞憂だったらしい。
そして元々話をするのが得意ではない俺は、楽しそうに話す蔵先輩に相槌を打っていた。
先輩の話は面白くて好きだ。
一頻り身辺の話をし終えたところで不意に言葉が途切れて、声質が申し訳なさそうなものになる。


「ごめん、俺ばっか話しとってもつまらんよな」
「そんなことないです。先輩の話好きやし」
「ほんま……?」
「ほんまほんま……あ、着きましたよ」


俺達の身長の倍以上はありそうな入口を潜って、今日来たのは植物園。
ここに来ると少し大人びて見える先輩も年相応になる。
意気揚々と駆け出して、辺りに人影は見当たらない。
3月なのだから当然なのだけれど。

その後、植物園をゆっくり観覧し少し遅い昼食を済ませウィンドショッピング。
時間が経つのはあっという間やった。




茜色に染まる西空。
朝から舞っていた粉雪は珍しくも今日一日を通して止むことはなかった。
橙色の陽光を浴びる街並みを先輩と並んで見やって。

これが最後なんだ、漠然と思う。

感慨に耽るのは柄じゃないのに。


「……なあ、なまえ」
「はい?」
「今更やけど、卒業おめでとさん」
「……ありがとう、ございます」


先輩と繋いだ左手が熱を持って、抱き締めたい衝動に駆られる。
でも、それは駄目なんだ。


「合格発表、今日やったよな……?」
「ええ、まあ」
「……え、っと」


言葉が詰まって下方に落ちる視線。
こんなおどおどした蔵先輩を見るのは初めてかもしれない。
聞きたいけど、明け透けには聞けない。そんな感じ。
太陽が建物と建物の隙間に落ちれば段々と暗闇が増して、互いの顔に影が占め始める。


「受かっとりました」
「!」
「……でも、行きません」
「え?! っな、なんで……!」


驚きの余り先輩は声を失って、俺はそっと手を離した。
もう終わらせなきゃならない。
無くなった温もりを少しでも長く感じていたくて強く拳を握る。


「おとんの関係で、外国行くんです」
「……っ嘘、やん」
「やから……俺とわ、「ッ言うな!」


聡い蔵先輩には全てを言わずとも事の展開が知れたらしい。
伏し目のまま薄い唇を噛み、微かに震えていた。
出来れば俺もこうはしたくなかった。
だけれど全ては決まってしまっている。


「聞きたない……!」


涙を呑んで堪える先輩。決定打を呑み込む俺。
どちらも所詮は悪足掻き。
本当は蔵先輩も俺も痛いほどに解ってる。


「蔵、先輩」
「嫌や……ッ、いや……!」



だから、こんなにも続きを拒絶する。



「先輩、聞いて下さい……!」
「っ……なまえ、」
「せんぱ」
「……う、……っややぁ、……」
「――――……最後まで、聞きや!」


少し荒がった声音。
ビクッ、と肩を跳ね上げた先輩は潤んだ瞳で俺を見つめる。
包む沈黙。静けさが耳に痛い。


「3……いや、7……どんなに早くても7年はかかるんです」
「……っ、……」
「そないもの間、先輩を縛り付けとくなん「待つ!」


言い終わる前に遮られて両手を力強く握られる。
勢いよく頷いたために涙が頬を伝い、ぽたりと手に落ちた。


「待っとるから……ッ別れるなんて、言わんで……!」


絞り出した声に胸が締め付けられて、俺にまで伝染しそうだ。
触れている手が、まだ温かい。




待ち人予約
-予約消化は遥か先-



(ほんま待たんでええですから)
(俺をなめんなや。7年でも10年でも待ったるわ……!)


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