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丸い月が暗夜にぽつりと浮いている。
四角い窓から見える空は快晴そのもので、雲一つない。
その所為か円に満ちたその月がいつもより大きく見えた。
窓を開け放していれば清涼な夜風が入ってくるから、蒸し暑い空気が幾分か薄らぐ。


『……』
「……黙ってたら何も分かんないんだけど」
『…………おん』


そう頷いたきりまた沈黙を貫く白石。
因みに現在時刻は夜の12時を回っています。ええ。正直早く寝たいです。
大体白石自身だって本来なら12時前には就寝しているはずだ。
そう以前声高らかに言っていたのを覚えている。

だけれども、日課である就寝前の筋トレをしようと構えた瞬間携帯が鳴った。
珍しいことに電話。しかも相手は白石。
一瞬逡巡するも、結局指は通話ボタンを押していた。

もしもし、電話口から聞こえたのは細い声。つい先日感じた違和感再来という感じだ。
しかしながら結局白石は何も喋らず膠着状態が続いている。


「蔵ー」
『……うん、?』
「今日の月さーめっちゃ綺麗」
『は? ……ああ、せやな』
「……」


何か言いたそうなのに。さっきからまごまごと言い淀んで一向に先に進まない。
今の発言だって普段のこいつなら、それこそ噛み付く勢いで反応を返すはずで。
どうもこの手の調子に陥った白石は相手にし辛い。
そう思うということはやはり不本意な事だけれども、絆されつつあるのだろう。


「はー……、蔵」
『っ……ごめ、……迷惑やっ、』
「何があった」
『!』
「お前がそんなんだと、調子狂うんだけど」


電波越しに息呑む音が聞こえたかと思ったら、小さく鼻を啜る音がした。
何でこのタイミングで泣き出すんだよ……。俺、慰めるのとか苦手なんですけど。
兎に角、下手に話しかけて地雷を踏むのだけは避けたいのでこちらも黙りこくる。
きっかけは作ったんだ。後は奴次第だ。待つしかない。


『……っ俺、』
「ああ」
『なまえくんと、付き合ってて……ええんやろか』
「……は、?」


俺は待った。長い長い沈黙をじっと待った。その果てに言われたのは先の言葉。
頭が真っ白になって、必死になって白石の発した言葉を反芻する。
反芻して、一気に青褪めた。ちょ、皆さん聞いてください! 白石が可笑しくなりました!

「お前、何か変なもんでも食ったんじゃね?」
『は、あ? いや、……え? なん、』
「あんな強引に付き合って事に及んで散々振り回しておいて、今更――……はあ?!」




青褪めて口早に捲くし立て過ぎて、最後の感嘆詞が裏返る。
ざけんなよぉ、溜め息混じりに吐き出した言葉は脱力しきっていて。
意外と肩に力が入っていたのを今頃になって理解した。

そんな俺の反応が意外だったのか予想外だったのか、焦った声が続けて鳴る。


『せやかて……あん時は、色々切羽詰まっててん……』
「へえ? 白石くんは切羽詰まったら襲うんですか。へえ、そうだったんすか」
『うぅー……今日のなまえくん、意地悪や……』
「で? なんでそんな馬鹿げた思考になったんだよ」


半ば投げ遣りにそこまで考えるに至った経緯を尋ね、しどろもどろに返答が来た。
要約すると、きっかけは手紙らしい。
例の女子から手紙を貰い続ける俺が本当は女子と付き合いたくなるのでは、という。
やっぱりというか何というか。ぶっちゃけよう。どうしてそうなった。意味が解らない。
大体にして、俺ははっきりとこいつに向かって言ったはずだ。

困っている、と。迷惑だ、と。付き合っている、と。


「……ったく、俺が付き合ってんのは誰だ?」
『え……?』
「お前だろ、白石蔵ノ介。いつもの強引さはどうした」
『……やっぱ、強引て思てたんか』
「当たり前だろ。……つか、言っただろ。強引じゃねぇと”調子が狂う”って」


酷い言われようやわ。
そう言う白石の表情は判らない。けれどもうあの時気になったような表情ではないはず。
携帯越しで助かった。切実にそう思う。
そうでなければあんな歯の浮くような台詞、言える訳がない。
そしてずずっと一回だけ鼻を啜ると白石は「おおきに」と礼を述べ、言葉を続けた。




『――なあ、』
「あ? まだ何かあんのかよ」
『最初のあれは、どっちの意味で言うたん?』
「……さあ? お前の好きに取れば良いだろ」




つか眠いから俺は寝る、突っ撥ねた言い方に向こうから控えめな笑い声がする。

その色に最初の暗さはなくどうやら靄は晴れたようだった。
ならばこれ以上この電話を繋いでおく必要はない。
早々に電話を切り、日課の筋トレをして就寝。そして、騒がしいいつもの朝を迎えるのだ。

『……随分、遠回しな励まし方やな』

電源ボタンを押す瞬間に聞こえたそれは明朗ないつもの白石だった。




正攻法? 何ソレ、美味しいの?



(そんなのは白石の専売特許だろ、)
(繋がりの切れたそれに向かって、そう呟いた)




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