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人間とは何事においても慣れを生じさせるのですね、怖いです。
白石に始まり白石で終わる学校生活も毎朝の面倒臭い手紙も、全部。


「もうどうでもいーわ」
「はは……また、何かあったと?」
「いや、なーんも」
「そ? そるは良かった」


現在時刻10時15分。絶賛授業中。
まあ、授業中とはいえ先生が急に呼び出しを受けて自習に変更。
喜ぶ生徒は大多数、勿論のことながら俺も喜んだ。
シャーペンと脚を投げ出し脱力しきった格好で椅子に掛け直す。
隣の千歳はそのまま寝るのかと思いきや。
「だったら、白石とはどぎゃんなったとね」と首を傾げられた。

質問の意図が分からなくて「どうって……?」思ったより戸惑った声になってしまい、千歳が小さく笑う。
むかつく笑いだな、おい!


「随分とみょうじが彼氏らしくなったけん、なんなっとあったかと思うただけばい」
「ええー……どこらへんが?」
「自分で気付いてなかね? みょうじ、白石と話ばしとっと時笑うようになったとよ」
「んー……えー……?」


言われたことに覚えがなくて頭を捻るも、やはり良く分からない。
付き合った当初も今も白石には投げ遣りな態度しか取っていないつもりなのだが。
傍から見るとそう見えるのだろうか。お前の目は節穴か。


「後は、みょうじん口から白石ん話がよう出とっと」
「……一日の大半が奴絡みだからな」
「惚気きたー」
「違ぇし……あ、」
「ん? 何ね……って、ああ」


千歳の視線に居た堪れなくなって目線を外に向けると、グランドで体育をやっている男子群を見た。
色素の薄いミルクティー色。と、派手な金髪。
そうか。今白石達のクラスは体育なのか。しかも、この時期は。


「今日は持久走なんね」
「みたいだな」
「お、二人とも走るみたいったい」


位置について、よーい……――――ッパァン!

空に向けて放たれた空砲。
学校全体に響くような軽い発砲音。
初夏のこの時期によくある光景のほんの一部。
駆け出した白石の表情は真剣そのものだった。


「早かねえ」
「あいつら陸上部でもいけんじゃね」


一周、二周と過ぎていく。男子は1500mだから、トラック五周。
先頭は忍足。その数m後ろを白石が付いている。
真顔で真正面を向いて。そんなに本気にならなくても白石の後ろは更に距離が空いているのに。




「……あいつさぁ、」
「うん?」
「いつも自信満々みたいに振舞ってる癖に、少しでも気を抜くと不安そうな顔すんの」
「うん」
「人を自分から無理矢理恋人にこじつけた癖に、その関係に疑問持ってんの」
「うん」




四周終わってラスト一周。先陣をきる忍足と白石、次いで数人がちらほら。
空いた窓から清涼でいて少し蒸した空気が流れてくる。
走ってる奴らを鼓舞する声援がそれに乗っかって耳を掠める。
頑張れ。後少し。ラストスパート。
ほんの僅かに苦しそうな顔付きの白石は、けれど変わらず一意に土を蹴り出していた。


「蔵って、実は滅茶苦茶不器用なんだよな」


タイム測定の男子がストップウォッチを止めて、記録係に話しかけた。
ぶっちぎりトップでゴールした忍足がその直ぐ後でゴールした白石に駆け寄る。
唯でさえ蒸し暑いこの気温に、走った後は殊更暑い。
全身からどっと噴出す汗。
それを拭いながら笑う。話す。そして、安堵を浮かべた。

無意識かもしれない。気付いている者も居るかもしれない。
例えばいつも白石の横に居る忍足とか。今隣で意味深に微笑んでいる千歳とか。
つか部活の奴らなら分かってんじゃねーの? あいつ分かり易いし。


「しかも、途轍もなく嘘を吐くのが下手」
「そうかもしれんたいね」
「千歳だってそう思うだろ?」
「……さあ? ……案外、みょうじだからかもしれんたい」
「はあ? あんなの誰が見たって分かんだろ」


位置について、よーい……――――ッパァン!

第二陣がスタートラインを踏み越えて走り出す。
今度は白石達が応援する側だ。
だけれど、流石に立っているのは疲れるのかしゃがみ込んでいた。
近くなってきたら声を上げる、そんな程度。
当たり障りなく走っている級友達に声をかける姿は、俺に向けるものとは掛け離れている。

白石蔵ノ介という男が俺に見せる姿は。もっと幼く子供染みてて。
学校での白石蔵ノ介よりも。人間味を帯びている。
最も、部活中や私生活の様子など皆無なのだが。




「ところで」
「あー? 何?」
「白石のマシンガントークとか毒草入り愛妻弁当とかその他諸々は良かとね?」




くるり、千歳の手の中にあったシャーペンが一回転。
一回転して虚しくも机の上に落ちた。
外から舞い込む応援と教室の和気藹々とした喧騒にその落下音は紛れて。
口を開いた自身の声もそれに紛れることを望んだ。




大丈夫だ。問題ない。



(慣れてきちゃったし、残念ながら)
((……ほら、やっぱ白石の話ばっかたい))




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