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生徒が出払った夕方の教室は、橙色に染まっている。
指定された時間は部活活動時間が終わる平均的な放課後。
というより下校時刻。窓の外からは終了の号令が響いていた。
“放課後”等という響きに少なからず辟易としたものを感じていたが。
自他共に認める真面目な性格が災いしてか、今回もまたここに赴いている。


「あ、の……」
「ああ、えーっと……濱岡、さんだっけ?」
「っは、はい……!」


今朝確認した白い封筒に書かれていた苗字をぼんやり思い出して。
どうやら当たっていたらしい。
女子の中でも長身の部類に入りそうな背格好。
薄色素の髪はセミロングぐらいで、ふんわりとした巻き毛が彼女に良く合っていた。
確か字もいかにも女子! と言わんばかりの丸いものだったような。

そこまで朝の情景を思い出して、小さく頭を振った。
油断すると横でぎゃーぎゃー喚き散らしていた白石を思い出すから、結構迷惑だったりするのだ。
決して彼女は悪くないのだけれど。

そして、耳当たりの良い高い声が紡いだのは在り来りな。



***



可笑しい。何が可笑しいって、白石が、だ。
最早恒例となってしまった早朝登校時のマシンガントークのマの字もなく。
無言。沈黙。心なしか空気までもが淀んでいる気がする。
辛うじて、朝練に対する労いの言葉を掛け合った位で。
あとは時折俺の方を見上げては、はあ、と小さく溜め息を零すのみ。

気持ち悪いことこの上ない。

その上、分かれた途端にばしばし送られてくる視線が酷く鬱陶しかった。
言いたいことがあるんならはっきり言わんかい!
とは思うものの白石がはっきり言って問題が起きなかった例がないから、本人には言わないことにする。
にしても。


「……この子もあいつに負けず劣らず強情だな」


下駄箱に入っていた白い紙を見て一人ぼやく。
同じ字面。差出人は知っている。
一度断ったにも関わらず彼女は変わらずこの紙を出し続けていた。
ここまでくると好意というよりは執念を感じる。
こういうのが一番困るってことを彼女は理解していないのだろう。
それとも敢えてしているのかもしれない。形として残る紙を渡すということは。


「捨てる、わけにもいかねーしなぁ……」
「、っ……」
「ん? あ、蔵」
「っ俺、今日日直やから……!」


先行くわ、どこか上擦った声で口早に俺の横を擦り抜けて行った。
一般的に嘘を吐くときのそれと同様の振る舞い。
日直というのが嘘か本当かは俺の知るところではないのだけれど。




「……隠し事、恐ろしく下ッ手だな。本当に聖書かっての」




どこか暗い雰囲気を纏う白石の後ろ姿を眺めながら俺も深く息を吐いた。
ここまであからさまになると、気にならない方がどうかしていると思う。
自席に付いて準備しながらここ最近の己の行動を振り返ってみた。

朝白石が迎えに来て白石と登校して白石と昼食を取る。
そしてたまに部活前にやってくる白石に頑張れと声をかけて、部活後は白石と下校。

うわあ……自分で言って気分が悪くなるほど白石としか過ごしてない。
そして己の行動に見当らない、けれど思い当たることがただ一つ。
つか、最初は五月蝿いぐらい噛み付いていたというのに。
そんなことを考えてると、いつの間にか昼休みで。
気が付けば授業の内容なんて1mmも入って入なかった。なんてこった。


「……あーあ」
「なまえくん」
「蔵」
「お昼、食べてもええ……?」
「……? 何今更過ぎること聞いてんだよ」


予想していなかった呼び掛けに表情を曇らせ、白石は左右に頭を振った。
良かった、そんな言葉を鼓膜が拾い上げた気がしてまた溜め息一つ零す。
そんな俺に肩をびくりと跳ねさせた白石が、がつがつとした最初の頃と同一人物だとは到底思えない。


「……俺さぁ、困ってんだ」
「な、何で……?」
「丁重にお断りした子からしつこく手紙がくんの」
「!」
「正直迷惑でよ」


俺には付き合ってる奴が居るって言ってんのに。
差し出されたおかずをこっちから口に含む。
嘘は言っていない。全部本当のことだ。
まあ最後の台詞は不本意なものだったけれど。
でも。




「――――っほんまに、迷惑な話やな……!」




こんな表情は嫌いじゃない。
一瞬目を丸くした瞳が面白い程に狼狽え、最終的には斜め下に目線を落とすことで落ち着いた。
嬉しそうにでも何かに耐えるように唇を噛み締める白石に「食わねぇのか?」と一言。
そうすれば慌てて箸を進める姿がいつものようでいつにも増して嘘臭かった。

俺に見せるこいつは、馬鹿みたいに明るく騒がしくて成績は良いくせに頭が弱い。
でも度々今みたいな表情を浮かべる。
それは、俺の知らない白石だ。




なので気になりました、まる。



(あれ、作文ェ……)
(どうやら俺は、ものの見事にこいつの術中に嵌ったようだ)




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