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「――――そう言うてな、慰めてくれてん! あの、なまえくんがやでっ」
「あー……うん……」
「あないなこと言うてくれるとは思わなかったわー、ほんまに!」
「そら……良かったな」


ぞんざいな相槌にもどうでも良いぐらい今日の俺は機嫌が良かった。
それこそ目の前の謙也が軽く引くぐらい。
まあ、前々からそのような素振りはあったけれど、これぐらいでは離れて行かないのは知っているから。
この際謙也の反応は無視することにする。

大体にしてこの手の話題を振ったこいつが悪い。
振られたが最後、俺がこうなるのは想像するに難くないだろうに。
振った直後の謙也のしくったという顔が何とも面白かった。


「あー早よ放課後にならへんかなあ」
「気ぃ早過ぎやろ……まだ、1限終わったばっかやで」
「せやかて、なまえくんに早う会いたいんやもん!」
「……ウザいわあ」
「なんや謙也、嫉妬か? 自分もなまえくんみたいな彼氏作ったらええやん。あ、なまえくんは絶対渡さへんでっ」
「いらんわ! つか、そこは普通彼女やろ! なんで彼氏やねん」


にやにやとしながらあくまでも冗談で返せば、案の定噛み付いてくる謙也。
その表情には“ウザい”という心情がありありと書いてあって。
でも、それも直ぐに呆れと諦めに形を変える。
こんな発言をしても簡単に受け流して態度を変えないから、安心して俺も曝け出すのだ。
すると、脱力気味に頬杖を付いた謙也が不意に真剣な目付きになり、じっと俺を見つめてきた。


「……吹っ切れたみたいやな」
「は……?」
「俺らが何も気付いとらんと思うとったんか」


ばればれやっちゅーねん。
そう言うと、今度はこいつがにやりとした笑みを浮かべた。
それがどこか得意げで、嬉しい様な気恥かしいような感覚を覚える。
今更ながらに朝の部員の生温かい眼差しの意を悟って、かっと熱を持つ頬。
そして今度こそ恥ずかしさに掌で顔を覆った。


「にしても、あのみょうじがなあ……なあ、白石」
「……なん?」
「何でみょうじやったん?」


指の隙間から見やった謙也の顔付きは決して馬鹿にするような揶揄混じりの視線ではなく。
純粋な疑問の色を呈していた。
そこで漸く顔面を覆う手を退け、珍しく真面目な謙也と向き合う。


「初めてやってん……あないなこと言われたん」





***



今でも覚えている。
少々ぶっきら棒な物言いは今と何ら変わりは無く、凛とした雰囲気もそのまま。
学祭間近の放課後。頼まれた作業を一人で黙々とこなしている時に、なまえくんはやって来た。




『お前一人で気張り過ぎじゃね?』




凡庸な言葉であると思う。
だけれどそれは今になって感じることであり、当時までは言われたことがなかったのだ。
ぽかん、と言われた意味が上手く入ってこなくて。
なまえくんは続けざまに更に言葉を紡いだ。


『頼まれたら断れないのも解るしし、頼まれたことは全部こなせるってのも解るけど』
『え、……あの……?』
『手伝うことは全部を抱えることじゃねぇよ』


どこか窘めるような宥めるような何とも曖昧な口振りが意外だった。
俺が今のように抱え込むのは今に始まったことではないし。
とどのつまり、クラスにとっても俺に任せるのが日常だったから。

彼の放った言葉が浮いて聞こえた。

そしてなまえくんは少しだけ満足そうに一回頷くと俺の仕事の一角を掻っ攫ったのだ。
それを引き留める言葉は遮られ、あれよあれよという間に仕事は片付いてしまい。
労力は半分。作業時間も半分。
助かった、そう俺は思ってしまった。人に手伝ってもらえることが、こんなにも。


『ほら、分散した方が早く終わんだろ』
『……おおきに』
『――――……ま、所詮は俺の自己満だけど。悪かったな』


照れた風に少し卑下た物言い。
そっぽを向いていたにもかかわらず、顔を背けたために露になった赤い耳が全てを物語っていた。



***





「あーーっ! なまえくんカッコええええ!!」
「……」
「手際ええし仕事早いし、何より手付きに無駄があらへん!!」
「……」
「あああ、昔んこと思い出したらなまえくんに会いたくなってもうた! ちょお行って来るわ」
「おー……って! もうおらへんし……あいつ、速過ぎやろ」


脱力した謙也の適当な返事を背中に受け、俺は隣のクラスへダッシュ。
例え触れ合う時間が数分という短い時間であっても、この衝動には逆らわないと決めたのだ。
昨日の夜。なまえくんの言葉で。迷っていた心が決まった。


「なまえくーん!!!」
「げ! お前なあ、もう直ぐ授業始まんだろ。何来てんだよ」
「会いたなってんもん! しゃあないわ」
「しゃあないって、おま……あーあ、」

もうどうにでもなれ、と脱力気味に天井を仰いだなまえくんへ――俺は喜び勇んで突撃した。




全てはそこから始まった。



(撒いた種は自分で回収してもらわなな!)




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