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けたたましく鳴り響いた目覚まし時計が午前6時半を示す。


「……はぁあ……」


カーテンを引いてまず飛び込んできたのは雲一つない晴れ模様。
ああ、その青さが目に痛いぜ……!
俺、みょうじなまえは昨日同学年元級友の白石蔵ノ介に童貞を奪われました。
何の自慢にもならねえ。寧ろ黒歴史だと思う。
快晴の空とは裏腹に俺はひどく憂鬱で、登校する気すら失せていた。

いや、行くけど。


「なまえ―? 起きてるのー?」
「あー……今行くー」
「お友達さんが迎えに来てるわよー。早くしなさーい」
「ういー……って、は?! む、迎えッおわ?!!」


母さんの思いがけない言葉に動揺し、階段を下りる第一歩を踏み外した。
何段か滑り落ちながらも手摺に掴まり何とか転げ落ちることだけは免れる。
荒々しい音の割に怪我はなし。運良いな。
よっこいせ、の掛け声と共に体勢を整えて残りの階段を降りたところでバタバタと駆けてくる音がした。
そして角から人影が勢いよく飛び出してくる。


「ッ、なまえくん! 大丈夫か?! 怪我してへん?!」
「ああ、だいじょ、ぶ……って、はああ?!」
「……確かに見た目は大丈夫そうやな」
「おまっ、なっ、ええ?!」


本来なら有り得ぬ人物の登場に俺は正常な日本語が発せていない。
だけれど、それすらも無視した白石は食い入る様に俺を眺め目を細める。
恐らく怪我してないかの確認だろう。
大丈夫っつってんのに。つか、何でここに居るんだよ。


「そら、なまえくんを迎えに!」
「……今、俺声に出しましたか」
「なまえくんのことなら大体察しは付くで!」
「ワーオ、スゴイデスネー」


女子が見たら卒倒するであろうスマイルを浮かべて左手親指を立てた白石。
うん。昨日も思ったけどな、残念な男だ。

生憎変人を相手にするほどの器量のでかい人間ではない俺は早々にこの場を退散する。
向かうはダイニング。後ろから付いてくる気配と音がするがそこは敢えて無視。
俺には朝食を食すという重大な使命があるんだ。
ダイニングでの定位置に着くと我が物顔で白石は俺の真ん前に座った。

何なんだ、一体。

まだ一日が始まって数分しか経ってないはずのに。何この全身の疲労感。
目の前に用意されたトーストに噛り付きながらじとりと白石を睨みつける。
これというのも全部こいつが元凶だ。
なんて恨みを込めて睨んでやったのに「あんま見つめんといて! 照れるやんっ」と宣う始末。

こいつ、本当に頭大丈夫か? 一度精神科を受診することをお勧めする。



***





「行ってきます」
「朝早くにすみませんでした」
「……そう思うんだったら来んなよ」


俺の文句も完全スルーでちゃっかり隣を陣取って歩く白石。
ああ、学校までの道のりが果てしなく長い。
昨日の今日で、出来れば丸一日この顔は拝みたくはなかったのだが。
横ではにこにこと嬉しそうな顔がある。
何がそんなに嬉しいんだか。身体への負担はこいつの方があるはずだ。


「……お前、大丈夫なのか?」
「ん? 何が」
「いや、昨日、……その入れたじゃん?」
「ああ、ケツんことか……って、え! 心配してくれるん?!」


うわあ……こんな綺麗な顔しといて”ケツ”て。ないわー。
家の中でも思ったことだが、こいつ朝からテンション高いな。
掴みの門まではまだかなりあるのに。
つか、こいつはこんなキャラじゃなかったように記憶している。
1年の頃は。もっと、大人しくて凛としてて。




「めっちゃ嬉しいわあ! おおきに!」




こんな風に無邪気に笑っていた。ような気がする。
2年で一体こいつに何があったんだ、全く。
白石が勝手にキャラ変更をするのは構わない。

けれども、俺を巻き込まないで欲しい。切実に!


「あ! 今日な俺部活休みやねん」
「は? あ、そう……え? それが何?」
「一緒に帰ろーや!」
「ッはあ?! 何で?!」


こいつは俺のささやかな平穏さえも奪い取ろうというのか!
そんな俺の心境など露知らずの白石はおもむろに俺の腕に抱き付いてきた。
ぞわ。一瞬にして全身に鳥肌が立ったが、目の前の奴は気付いていない模様。
だって、白石は真っ直ぐ俺の目を見つめているのだから。
……くそう、悔しいぐらい整った顔だな!


「後な」
「俺の言葉は無視か!」
「お昼も一緒に食べよ! なまえくんの分も用意しててん、今日も購買やろ?」
「購買だけれども! 何で一緒に食わなきゃいけないんだよ」

俺の反応は至極当然のものだったと信じてる。
でも、白石にはどこ吹く風。
不思議そうに目を瞬き首を傾げ、見事に爆弾を投下しやがった。


「やって、俺ら付き合うとるやん。一緒に食べるぐらい可笑しないやろ?」






どうしてそうなった。



(え? ……え? いつ、俺ら付き合った? え?)
(え? 昨日やん! もうボケてもたん?)
(ボケてんのはお前の頭だッ!)
(視界だけでなくお先が真っ暗になった)




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