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相変わらずこの家は暗い。というか冷たい。
居間に通されてなまえと対峙する形で座って、そう思った。

けれど、今日の目的は別にある。ブン太との関係。
最近の事情は仁王から愚痴紛いな話で聞いているからある程度は知っている。
でもやはり聞くのと見るのとでは全然違うわけで。
アポなしの抜き打ち訪問をした。


「……今日は何の用? 精くん」
「ん? なまえがちゃんと上手くやっているかなって心配になってね」
「いつから精くんは俺の母親になったっけ」


母親ではないけどね、やっぱり心配じゃないか。
仮にもブン太から色々と泣き言等々の相談を請け負った身としては。
それに可愛い幼馴染の事だし。
なんてつらつらと口から言葉を紡いで、なまえは胡乱気な眼差しで返してきた。


「さいですか」
「それで? ブン太とはどこまでいった?」
「……うっわ、明け透け」
「今更包み隠す仲でもないだろ」


じっと瞳を見つめてなまえが息を詰める。
時計の針が時間を刻む音だけが居間に響く。
数秒、数分と経ったところで漸く重いその口を開いた。


「ふー……あの事を話しました」
「うん」
「その上で弁当を作ってくれるって」
「……そっか、良かったね」


決まりが悪そうに頬を掻いて複雑そうな表情を浮かべた。
色々思うことはあるだろうけど、少なくともその中に後悔はないはずだ。
敢えてなまえが思っている事と言ったらきっと。

――――ピンポーン

来客を知らせるチャイムが鳴ってなまえの目の色が僅かに変わった。
その様子だけで客人を想像するに難くない。
「……行ってくる」と言ったなまえに笑み一つを返し、俺はゆったりと辺りを見回す。

昔から変わらない殺風景な居間。
親子関係は依然として好転しない一方だけれど。


「あ、先客は幸村くんだったのか」
「やあ、ブン太。なまえの晩御飯を作りに来たのかい?」
「そ。あー幸村くんも食べてく?」
「そうだね。折角だしご馳走になろうかな」
「……ここ俺の家なんだけど」


作ってもらう側に決定権はないよ。
そう言えば諦めた風に頭を振って食卓椅子に座ったなまえ。
ブン太もその様子を見て満足そうに笑っていた。


「みょうじ、ちゃんと食後のゼリーあっから! 楽しみにしてろい」
「どーも」
「じゃあ、幸村くん。多分30分もすれば出来上がるから、待ってて」
「ありがとう」


最早この家の勝手は知っているようで、慣れた手つきでこの家のエプロンを腰に巻くブン太。
その姿が様になっていて思わず噴き出してしまった。
すると案の定というか、なまえが訝しげな顔付きでこちらを窺ってくる。




「……何?」
「ふふっ、ブン太が奥さんみたいで……ついね」
「「っぶ!!」」



二人とも可愛いなあ。
同じ様に噴き出して、同じ様な形相で俺を見てくるなんて。


「ところで、なまえとブン太はどこまで進んだんだっけ」
「いや、だから弁当を「それはさっき聞いた」……じゃ、何が聞きたいわけ?」
「キスはした?」
「「っはあ?!」」


俺の言葉が予想外だったのか、二人とも椅子からずり落ちそうになるわ野菜を取り落とすわ。
ほぼ同時に行動を起こすもんだから一瞬だけ騒がしくなった。
まあそれも本当に一瞬だったわけだけど。次の瞬間には無音。
なまえは瞠目させた状態で固まるし、ブン太は真っ赤な顔で口をぱくぱくとさせている。

そして、しんとした空気からいち早く帰ってきたのはなまえだった。


「……、悪趣味」
「だって、気になるんだから仕方ないだろ?」
「はいはい、精くんには敵いませんよって。ファーストもセカンドも奪われました」
「へえ?」


驚いた。
てっきりまだ全然進んでいないんだとばかり思っていたのに。


「ブン太もやるね」
「……っは、違ッ!! 2回目はみょうじから、ってあれファーストとセカンドだったのかよ!?」
「そっすよー。そんな訳で責任取って下さい?」
「っあ、れは! 不可抗力だろッ……!」


唇を尖らせてそっぽを向く彼の姿になまえが小さく口角を緩める。
その表情はブン太と出会う前だったら、絶対浮かべなかったであろうもの。
少しは良い方向に進めたのかな、と思いながら二人のじゃれあいにも似た遣り取りをぼんやりと眺めた。

ほんと微笑ましい。嬉しい限りだ。

なんて感慨に耽っていると「精くん」となまえに話しかけられ、反問すれば「やっぱ精くんには敵わないね」の諦念ともとれる一言。




「そうかい?」
「この展開も結果も全部……想像通り、でしょ?」
「ふふ……俺に先読みの特技はないよ」
「……怖い人」




そして、小さく溜め息を吐いたなまえは苦笑を浮かべてブン太の後姿を見つめていた。




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