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結局踏ん切りがつかないまま、今日で3週間が過ぎようとしていた。
蒸し暑かった晩夏はみょうじとの遣り取りの間に駆け抜け、数週間もすれば空気は晩秋。
制服も冬服に衣替えを果たし、濃緑色の軍団が目につく。
世間が受験戦争に粉骨砕身する中、エレベーター式である立海は然程荒れなかった。

しかし、時期が時期なだけに色々と鬱陶しいものがある。
先生の小言然り今現在進行形で取り行われている全校集会然り。
ったく、校長の話なんか誰も聞いてねーっつの。

苛立ち紛れに飴を噛み砕いて、咥内に広がった甘味が苛々を少し和らげる。
あ、飴なくなった。ポケットのチョコ食うかな。


「――――という訳で、3年はラストスパートを2年は準備、」


うざったい校長の滔々とした弁舌が不自然な位置で止まって、ざわつく空気。
何なんだ。別に大した興味は無かったが人並程度に辺りを窺う。

先生達の行動と生徒の囁きから察するに、誰か倒れた奴がいるらしい。

ここからだと良く分からないが、どうやら3年ではないようだ。
真ん前の銀髪が左右に小さく振れて、どこか一点を凝視している。
ちなみに出席番号の一個前の奴が体調不良で休みだったから、前に並んでいるのは仁王だ。


「……みょうじじゃな」
「は?」
「ほれ、よう見てみんしゃい。あれ」
「……ぁ、」


あれ、といって仁王の指が指示した方向。
やっぱりここからじゃ良く見えなかったけど、確かにみょうじだった。
ぐったりとした状態で体育の先生に静かにおぶわれ、行く先はきっと保健室だ。
ちらりと見えた顔が青褪めていたのは気の所為か否か。

どくどくと無性に早鐘を打つ心臓が苦しくて。
ぎゅっと力強く目を閉じればつい先日の光景が脳内に広がる。

みょうじと話さなくなってから1週間と少しが経った日。



***





「……幸村くん」
「やあ、ブン太。……酷い顔だね」
「マジ? ……あーあ、」


酷いというのがどこのパーツを指して言ったのか定かではない、が。
人の顔をとやかく言わない幸村くんが指摘する位、今の顔が最悪なのだとだけ認識する。

放課後。人が疎らな3年C組。
どうにも八方塞で、訳が分からなくなって、俺は幸村くんに助けを求めた。
求めたといってもそんな明け透けな言葉は使わないけれど。


「幸村くん……俺、も、分かんねぇ……」
「ああ」
「俺は別に、あいつの嫌がることがしたい訳じゃねぇんだ」
「ああ」
「でも……っ俺が何かすればするほど、あいつ……辛そ、で……!」


幸村くんは俺の弱音を聞いても嫌な素振りを一切見せなかった。
寧ろ穏やかに聞いてくれて、自分でも言う予定にない言葉が次々と口から飛び出す。
可笑しい。こんなはずじゃなかった。


「も、嫌だ……ッぅ、」
「ブン太」
「、……?」
「ありがとう」


頭上に浮かんだ疑問符がその数を増やす。
何故幸村くんがお礼を述べるのかが本気で分からない。


「あいつのこと教えてあげたいのは山々なんだけど、了承なしには言えない」
「……うん」
「だから、本人に直接聞くと良い」
「っえ、でも……」
「大丈夫。仁王や赤也は無理だろうけど、ブン太ならきっと」


教えてくれるから。
優しくふわふわとした質ながら芯が通った透いた声。
それが俺をかなり安心させた。僅かな涙も引っ込んだ。




「ああ、でも」
「? でも、?」
「少し強く出た方が良いだろうね」




今以上に強く……? と首を傾げた俺にふわりと笑った幸村くん。
意味が分からなくて更に言及しようとしたらまたもや馬鹿でかい声に遮られた。
明朗かつ快活な赤也に。激しくデジャヴ。


「丸井先輩! やぁーっと見付けた!!」
「……お前マジKYだな」
「は?」
「いや、いい……で? 俺に何の用なわけ」
「あ! 丸井先輩にこの菓子類を献上しようかと思って」


晴れやかな笑顔で差し出された菓子類は傍目から見ても分かるぐらい、手作り感溢れていた。


「お前も差し入れを無下にするような奴だったとは……!」
「違っ、これみょうじから押し付けられた物っすよ!」
「……は、? え?」
「なんか最近になってあいつ宛の差し入れ多くなってきたんすよー! あー羨ま」


差し入れが最近になってから多くなった。
ついこの間までは俺に押し付けてて、その前はゴミ箱行きで。
でも今は赤也経由で俺に巡ってきて。


「(……え? つまり、どういうことだ……?)」
「ブン太」
「っあ、な、なに……?」
「ふふ、なまえを頼んだよ」


意味あり気な微笑に俺は引き攣った表情を返す他なかった。



***





「……」


目前に立ち塞がる白い扉。
保健室。今は授業中。保健医は出張中。
大きく2回深呼吸して勢いよくドアに手をかけた。




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