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どんよりと沈んだ灰色の空。
重厚な雲の下、まるで嵐の前の静けさのように怪しげな空気が漂っていた。
実に心地悪い。


「――妙技・綱わ、ッ!」
「お、おい! 大丈夫か?」
「……悪ぃ、なんか今日調子出ねぇや」


らしくない凡ミス。
ボールに当てる面の角度がいつものようにいかなくて、イレギュラーに跳ねたボールを間一髪でかわす。
心配顔のジャッカル。
せっかく休日に皆で息抜きも兼ねてストテニまでやってきて、調子悪いとかマジでない。

グリップをもう一度握り直して、でもその感触に違和感は別段なくて。苛々。


「ブン太」
「……? 何、幸村くん」
「気分転換に話でもしないか?」


にっこり。

変わらずの意図の読めない微笑で出された提案。
こういう幸村くんに逆らえるはずもなくて、話したくもないくせに「良いぜい」と口走る。
ジャッカルは幸村くんの相手をしていた柳と打ち合いをし始め、俺は荒っぽくベンチに腰掛けた。
ここ一週間何やっても上手くいかない。


「随分荒れてるね」
「あー……悪ぃ」
「ふふ、謝る必要はないさ。……まだ、なまえと仲直りしてないんだ」
「……仲直りも何も……あれは喧嘩じゃねぇし」


改めて口にすればあの日の言動一つ一つが克明に思い出されて、気が滅入る。

そう、あれは決して喧嘩などではない。
また俺が、あいつの気に障るような事柄をしてしまっただけのこと。
折角少しずつではあるけど、弁当を食べてくれるようになってきてたのに。

不意に脳裏を過る苦痛に歪んだ表情が居た堪れなくて、顔が合わせ辛かった。


「……なぁ、幸村くん」
「うん? 何かな」
「俺、もうあいつに近付かない方が良いのかな……」


行儀悪くも両足をベンチに乗せて頭を抱え込んだ。所謂体育座り。
暗くなった視界のままにみょうじと出会ってからの日常を思い起こして。
嫌そうなあいつしか見てない気がする。
脳内を巡った自己嫌悪。


「……、ブン太はそれで良いのかい?」
「……」
「近付かないことが楽になることとは限らないよ」
「……? ど、ゆ「幸村部長ーッ!!」


幸村くんの言いたいことがいまいち理解出来なくて反問しようとしたら馬鹿でかい声に遮られた。
顔を上げれば屈託のない晴れやかな笑顔を浮かべた赤也がこっちに向かってダッシュしている。
部長のくせに後輩気質が未だ抜けきれていないその姿。


「今から打ち合いに付き合ってくれませんか?! 部活の奴らじゃ相手にならないんすよー!」
「構わないよ。でも、今の部長は赤也なんだから部長は止めて欲しいな」
「あ、すんません! つい癖で言っちゃうんすよねー」


それよりも、早くやりましょ!
駄々っ子の如く幸村くんの腕を引いて空いてるコートに駆け出す赤也。

役得だよな、漠然と二人を見やった。

一個下。ただそれだけがために知り合う時間は皆無ではないにしろ足りないことに違いはない。
更に、情報が圧倒的に少ないのは十も百も承知の上であったはずだ。だけれど。




「紆余曲折を辿るんは結構じゃが出戻りだけはいかんぜよ」
「……は?」




ぬっと背後から気配もなく現れた仁王の台詞は意味不明で。
怪訝さを露に振り返れば意外と真剣な表情に喉が引き攣った。
てっきり普段のにやついたムカつく顔だと思ったのに。


「無遠慮に踏み込んで荒らしておいて、中途半端に戻るなんて身勝手ナリ」
「それ……お前が言うか?」


計算外の返答だったのか仁王の眼が僅かに驚愕の色を示して、でも直ぐにそれは形を潜める。
奴が目を細めたかと思ったら大きく伸びをし出して。


「一本取られたのう。……じゃけん、前に言っとったお前さんの気持ち。あれが全てやき」


まだ変わっとらんじゃろ、と俺の意思なんて総無視な言葉を残してコートに戻っていった。
何なんだ一体。
こめかみを痛めつつ前へ視線を戻せば打ち終わったのか、二人は談笑していた。




「そーいや、幸村部長ってみょうじと知り合いだったんすね!」


快活な声が鼓膜を抉る。


「精くんからもらったゼリーがそろそろ無くなるーとかなんとか昨日言ってたんで」
「赤也……。……まあ、そろそろ無くなる頃合いだろうね」
「んで、節約してんのか知らねっすけど……あいつまともに昼飯食ってないんすよ」
「! ……そう、」




信じられないとった風に肩を竦める赤也に心配なのか眉を寄せた幸村くん。
この時確かに見て聞いていたのに。
自分自身の中で整理が付いていなかった俺はさして気にも止めなかった。

もう少し前なら。
きっと、こんな風には思わなかっただろうに。




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