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「用って何、精くん」


放課後とはいえ3年が残っている教室に堂々と入ってきて。
一直線に俺の前に来たかと思ったら、早急に求められた本題。
今日のなまえはどこか落ち着きが足りない。


「ちょっとなまえに確認したいことがあってね。わざわざすまない」
「あー、呼び出したことは全然構わないけど……何でここなの」
「この後、弦一郎達とテニス部に顔を出す約束なんだ」
「……なら、さっさと済ませて退散したい」


きっとこの子が危惧しているのはブン太がここに訪れること。
可愛いなぁ。どうでも良い風を装ってるくせにちゃっかり意識している。
俺がもったいぶりながら言葉を濁している間もちらちらと入口に視線を投げているのがその証拠だ。

会いたくない、なんて建前じゃないかと本当に思う。


「じゃあ率直に聞く。あのこと、ブン太にはまだ話してないようだけど」
「……ま、あ……うん」
「言わない気かい?」
「、必要ないし……」


決まりが悪そうに語尾を言い淀めば四方八方へとさ迷う目線。
煮え切らない返答に溜め息混じりに辺りを眺めて、あ……弦一郎と柳生が廊下に居る。
それを確認し、ちらりと時計の針も確認。
ブン太達のクラスは実験のはずだから、ここに集まるにはもう少しかかるだろう。


「……そう。なまえがそう思ってるのなら、別段口出しする必要もないか」
「……他は? それだけじゃないっしょ」
「じゃあ、あともう一つだけ」
「どぞ」


軽く頷いたなまえはやっぱりそわそわしている。
適当なことを言って時間稼ぎしてもいいのだが。
仮にも幼馴染という立ち位置に在るなまえにそんな小細工は通用しない。
きっと途中でバレるのが関の山だ。

仕方ない。今日はこれぐらいで勘弁してあげるとしよう。


「ちゃんと、食べてる?」
「食べてる」
「ふーん……その割には、いつものゼリーとかおにぎりとかしか食べてないようだけど」
「……口に入れてるだけまだマシ」


ふいっと顔を横に背けて、なまえは表情を一変させた。
何事かと思って彼の視線の先を追えば成程納得。存外早かったな。
ブン太と仁王が身支度を整えて廊下で弦一郎らと話している。

苦虫を噛み潰した顔付き。
ブン太だけならまだしも仁王も居るから、絡まれるのは想像するに容易い。


「……精くん」
「何だい」
「謀ったね」
「さあ? 何のことかな」


非難染みた視線を受けるも、俺は笑顔で受け流す。
そうすれば、なまえは脱力した風に肩を竦めて踵を返した。
この行動も予想の範囲内。そして、俺もその背に続いた。




「何じゃ、幸村との話は終わったんか」
「……ええ、まあ」
「つれない返答じゃのう」
「あんたは俺にどんな返事を求めてんすか」




若干呆れた口振りで仁王と会話をするなまえ。
そして、そのなまえをじっと見つめるブン太はまたもやお菓子を口に運び続けている。
ああ、もう。じれったい。


「ほっんと掴めな、い……」
「……何見てんだよ」
「……また、食ってんすね」
「あー? 腹が減ったんだから仕方ねぇだろぃ」


ふん、と鼻を鳴らしながらブン太は軽く踏ん反り返って、お菓子が入った袋に手を突っ込む。
その指が摘まんだのは一口サイズの薄ピンク色の丸い物体。


「しかも、これまた甘ったるそうな……」
「これ、美味いんだぜ? 一個食ってみ」
「は? 別にいらな、――ッ!?」


してやったりと満足そうに笑うブン太、それとは対照的に不味そうに口元を押さえたなまえ。
どちらも実に分かり易い表情で正直面白い。
それは仁王もだったのだろう。
いつも浮かべる人を食ったような笑みで二人を傍観している。

ごくん。

なまえの喉仏が上下に運動して、嚥下したのが分かった。


「どーよ。マカロンのご感想は」
「……食感、最悪」
「お前なぁ……俺は、食感じゃなくて味を聞いてんの」


分かる? あ・じ!
何も反応を示さなくなったなまえに再度追い討ちをかけるように言葉を畳み掛けて。
なまえは、必死に押し殺した声音で口を開いた。


「、判んない」
「は、あ? 分かんねぇってことはないだろ」
「……いや、判んないもんは判んないし」
「おま、ふざけんのも大概にしろよな!」
「――――ッだから、判んないって言ってんだろ!」
「ッ、? ……あ、おい!!」


傍から聞いたらただの怒鳴り声にしか聞こえないと思われるそれ。
でも、俺には泣いている風にしか聞こえなかった。

実際涙なんてものは流れていないし、本人も無意識なのだけれど。

言葉を向けられたブン太は呆然となまえが走り去った廊下の先を見つめて。
彼もまた、泣きそうだった。




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