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先輩達が引退して一ヶ月以上が経った。
幸村部長の後釜というプレッシャーと責任は存外重たかったものの、なんとか部長の仕事も軌道に乗り始めた頃。
今日は部活が休みの珍しい日。

というのもコート整備のためだ。
まあ、室内練習も考えたのだが職員会議とかなんだとかで廊下も使えず。
図らずもこのような形をとるはめになった。

俺が部長になる前だったら手放しで喜んでいただろうし、それは今も例外ではない。
嬉々としていたのが滲み出ていたようで、帰宅準備を済ませたみょうじが声をかけてくる。


「切原、嬉しそうだな」
「おう! 久々に部活が休みなんだ!」
「お、珍しい」


んじゃ、どっか寄ってくか? にっと笑うみょうじとの会話に一石が投ぜられるのはこの後。
がやがやと喧騒に包まれる教室に入ってきた特異な空気を纏った二人組。
丸井先輩と仁王先輩。
案の定とでも言うべきか、みょうじの表情は瞬く間に辟易としたものになった。


「酷い顔やき」
「誰の所為っすか誰の」
「勿論、俺らじゃな」


くっくっと喉の奥で小さく笑いを漏らした仁王先輩は実に愉快そう。
一言も喋らない丸井先輩を放置してみょうじと話し出すこの人は相当性格が悪い。
ああほら。丸井先輩の覆う空気が重くなってきてますって!

なんで俺が当人達を差し置いてこんなにやきもきしなきゃなんないんだ。


「っつーことで俺らも混ぜんしゃい」
「は? いやいやいや……」
「何だ赤也、嫌なんか」
「嫌っつーか……」


ちらりと丸井先輩の機嫌を窺うように見て、逆にじろりと睨み返される。

……ヤベぇ、少し苛っときた。何で俺が睨まれるわけ?

しかもなんかみょうじも苛つき始めてるし、一番ムカついてるのは俺だっての!
長い沈黙を経て(と言っても実際は数秒なのだが)口を開いたのはまさかのみょうじだった。




「……はあ。別にいっすよ」
「! ……ぇ、」




深く大きく吐き出された溜め息は一瞬だけ辺りの空気を重たくさせて。
だけれど、次の言葉を言う頃にはそれまでの重圧は霧散していた。
奴の妥協に丸井先輩はひどく吃驚していて、未だまともな会話は皆無だ。


「だから、ご一緒にどーぞって言ってんです」
「ほう……潔いの、みょうじ」
「そう仕向けたのはあんただっつの」


みょうじもみょうじで意識的なのだろうが、丸井先輩の方を見向きもしない。
というか、がさごそと鞄の中を弄りつつ言葉だけとはいえ交わすのは仁王先輩とのみ。
とどのつまり、丸井先輩はガン無視。


「んで、どこ行きますー?」
「普通にマックで良かろ。なぁ赤也、ブンちゃん」
「……そっすね」
「……ああ」


明らかに気に食わないといった表情の丸井先輩にはらはらしていると「……あー、あったあった」と横のみょうじが小さく呟く。
何があったというのか、最早げんなりといった風に振り返ると奴は意外なものを手にしていた。

黄緑色の棒つき飴。

菓子類を一切持たないはずのみょうじがそれを持つ様は異質だ。
差し入れか?でも、こいつが差し入れを持ってる姿なんて見たことないし。


「あげます」
「……は? え? 、っ!?」
「おー強引」
「仁王先輩うっさい。置いてくっすよ」


仁王先輩の言葉通り、みょうじはポカンと開けられた丸井先輩の口に容赦なく棒つき飴をぶちこんだ。
一歩間違えば窒息するだろうに、危ねぇ奴。
ちゃかす先輩をばっさり切り捨てて、やっぱり仁王先輩は愉しげに喉を鳴らす。


「そんときは赤也を道連れにするナリ」
「はあ?! ちょ、勝手に決めないで欲しいっす!!」
「はいはい、3人とも本当に置いてきますよー」
「!」


今、丸井先輩の肩が微かに跳ねた。
飴を銜えてるから言葉は発していないが滲み出る雰囲気までは隠しきれていない。
「せっかちぜよ」そう言いつつも後ろに着いてく仁王先輩に続く俺と丸井先輩。

丸井先輩は必死に緩みそうになっている口角を引き締めて、でも実に嬉しそう。


「ブンちゃん良かったのう」
「っな、何がだよ」
「丸井先輩……にやけ過ぎ」
「! う、っさい!! にやけてなんかねぇし!」


口先だけの虚勢。
纏う空気は真逆の意を現していた。

さっきまで散々無視されて拗ねていたくせに……先輩も単純だな。
自分が数に含まれていた事とたかが飴一つで、機嫌が右肩上がりだなんて。


「みょうじ!」
「……なんすか」
「飴、サンキュ!!」
「はあ……、マジ餓鬼」


先を歩いていたみょうじに小走りに近寄って満面の笑み。そして、それに素っ気無い態度で返すみょうじ。
これ……本人は全く気付いてねぇよな。




「この一ケ月でみょうじ、随分と丸くなったんじゃなか?」
「あ、仁王先輩もそー思います?」





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