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自分でも迷惑なことをしてると思っている。
けど、自覚しながら止めようという考えに至らないのはきっと罪悪感より興味が勝っているから。

入口で渡すことを止め、昼食を共するようになってから暫く経った。


「……また来た」
「俺は諦めが悪いんだぜい」
「はあ……食事前にガムは如何なものかと思うんすけど」


ずるずると音を立てて吸っているのは所謂栄養補助食品と呼ばれるゼリー。
みょうじの机の上にはそのゼリーのキャップ以外には小さなプラスチック容器と筆箱しか置いてなかった。

そして、いつもなら真向かいを陣取っている赤也の姿が今日に限って見当たらない。
疑問に感じていたのが顔に出ていたのか、無表情だったみょうじはその顔を微かに和らげて「切原は呼び出しっす」との一言。
それに俺は情けなくもたどたどしく返答をした。

初めて敵意ではない眼差しと態度を受けて、内心かなり焦っている。


「……」
「な、何だよ」
「いや……今日は押し付けないんだな、と」
「へ? あ……ああ、これは俺の分。今朝寝坊して……作れなかった」


事実を有りのままに話しただけなのだが、何故かみょうじは目を見張ったまま動作を停止させた。
その形の良い瞳がじっと俺を捉えて離さない。
一体、何なんだ。
声帯を無理矢理働かせようとして、先に口を開いたみょうじに出鼻を挫かれる。


「……ほんと……あんた、何してんだか……」
「……?」
「時間の無駄だって早く気づけば良いのに」


お前の所為だろ、そう言いかけてやはり唇を閉ざした。
話の内容なんかそっちのけでみょうじが開けたプラスチック容器に全神経を持っていかれたのだ。

容器に詰められた色鮮やかな野菜。
良い感じに焼かれている肉。

自身の弁当があるのも忘れてその弁当に目を奪われる。


「美味そ……なぁ、食って良い?」
「は? あ、ちょ……!」
「頂き、っ……?」


取り敢えず見た目的に美味しそうな肉を持っていた箸で口に放り込んで、首を傾げる。
味がしない。
いや、この表現には少々語弊がある。
正確には素材以外の味しかしない、つまりは調味料の味が一切付いていなかったのだ。しかも、全部。


「何、これ……?」
「俗に弁当と呼ばれるもの」
「いや……いやいやいや! こんなん弁当って言わないだろい!!」


人生で初めてと言っても過言ではないほどの弁当にショックはひとしお。
こんなのを食っている奴が居るなんて有り得ない。
そんな俺をどう思ったのか、みょうじは呆れた風に口元を緩めた。


「はあ……たかが弁当一つに驚き過ぎ」


でも、何故だろうか。
馬鹿にされているであろうのに嫌な気が少しも湧いてこない。


「お前の弁当が可笑し過ぎんだよ!」
「はいはい」


おざなりの返事をして奴はまるで何でもないかのようにさっさと弁当を平らげる。
やはり、信じ難い。
無味のそれを作る奴も持ってくるみょうじも。


「……それ誰が作ったんだ?」
「今日は母さん」


今日は。
ということは自分で作る日もあるのだろうか。それはこれと同様に無味なのだろうか。
一度気になり出したら最後。知りたくて堪らなくなる。
俺の興味を引く何かをこいつは持っていた。


「いつもこういうの食ってんのか」
「……何を食べようがあんたに関係ない」
「関係ねぇけど! でも、「俺にとって」


何にむきなっているのか自分でも良く分からない。
驚くほど落ち着いた声で興奮気味だった俺を遮り、奴は携帯を弄りながら続けた。




「食べ物の味なんか……どうでも良いんですよ」




どうでも良い。

その言い方がやけに印象的で言葉だけが消化不良のように重たくのし掛かる。
完全なる味覚に対した諦観。
達するには早過ぎた悟りの境地。

違和感が拭い去れない。
ぱたん、携帯の作業を終えたらしいみょうじが俺に向けて訝しげな表情を作った。


「……酷い顔」
「は?」
「何、泣きそうな顔してんすか」


そう指摘されてもそんな感覚は依然としてなく。
一先ずみょうじの言葉には反応せず食べ掛けだった大量のパンをかっ込むことにした。
これ以上突っ込まれることを拒んだのかもしれない。

話題を逸らす。
触れて欲しくない話から逃げる常套手段だ。


「……」


焦ってはいけない。まだ、時間はある。
何事にも慣れは生じてくる。
今はまだこちらが焦れて行き過ぎて逆に固く閉め出しを食らう確率の方が高いのだ。
前触れもなく鳴った昼休みの終わりを告げるチャイム。


「……また、くっからな」
「結構です」
「覚悟しとけ。俺はしつこいから」


にっと笑みを浮かべて教室から立ち去った。




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