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「まるで通い妻じゃな」


赤也のクラスの奴に弁当を届ける、という行為を始めてから数週間が経った頃。
相も変わらず丸井はその後輩くんにこっぴどくあしらわれたと推測を立てて。
出戻ってきた奴に対して出し抜けにそう言った。

不快そうに歪んだ顔付き。
それが無性に面白可笑しく感じられて、自身の傷んだ銀髪を揺らしなから喉の奥で小さく含み笑い。


「……なんだよ、通い妻って」
「お前さんみたいなのを言う言葉じゃき」
「はあ? 意味分かんねぇ」


乱暴に席につけば鞄から色々食べ物を取り出して机上に並べた丸井。
その粗雑さにやはり今日も不発だったのだろう。
もぐもぐと弁当の前に菓子パンを咀嚼している表情は実に不満げ。


「ブンちゃんは一体その後輩くんにどうして欲しいナリ」
「……は?」
「何か目的があっての行動じゃろ」
「目的……そんなもん、別に」


歯切れの悪い返答。
やはり今回の相手は今までの奴らとは勝手が違うようだ。
やるべき事を一つ決めたら真っ直ぐ突き進む丸井が、こうも"やるべき事"を はっきりさせず動くなど。




「有り得んのう」




空になった紙パックジュースのストローを噛み締めれば口に広がる不味い味。
ばっさりと言い切った言葉が気に食わなかったのだろうか。
菓子パンを食し終わり弁当に差し掛かった両手が不自然に止まる。


「何が」
「お前は何かをするとき、必ず正確な形を持って動いとる」
「……買い被り過ぎだろい」
「いいや、俺ですら気付いた。なら、お前自身が気付いていないはずがなか」


じとり。
恨めしそうな視線を真正面から受けて、その言外に込められた意思に浮かぶ薄ら笑い。
どうやら図星らしかった。

吐いたら楽になるぜよ、なんて安っぽい三流刑事ドラマを彷彿とさせる台詞を吐いてみる。


「あいつ、が……食べ物をぞんざいにすっから」
「嘘。そんなん建前やき」
「……じゃあ、何て言えば良いんだよ」
「もっと自分の気持ちに素直になりんしゃい」


きっとそれが十分な理由になりうるはずだと、丸井に伝えてやって。
暫く右往左往していた視線。
それをゆるゆると俺に定めて奴はまるで咎められるのを怖がる子供みたいに小さく呟いた。



***



俺の周りを一定の距離を置いて取り巻く女子共。
五月蝿いことこの上ない。
確かに俺がこの階に居る事は珍しいため、騒ぎになることは想像するに余りあった。
鬱陶しい視線も歓声も俺は好まない。

しかし、それを差し引いても来るべき価値が心を満たすであろう興味がきっとそこにある。


「あーかや、遊びに来たぜよ」
「ッ、え?! に、仁王せんぱ……ゲホ、ッ……!」
「……切原大丈夫か? ほら、水」
「ケ、ホ……っさん、きゅ」
「ほう……お前さんが噂のみょうじか」


苦笑しながら水を差し出したみょうじ(であろう彼)は俺を見るなりその端整な顔を顰めた。
失礼な奴じやのう。
またか、薄い唇が音を無くしてその3文字を形作る。


「手替え品替え、ってやつですか」
「そんなに警戒しなさんな」
「警戒したくもなるでしょうよ。毎日毎日あんなことされれば」
「手厳しいの」
「事実迷惑なんで」


うざったそうに教室中を目だけで見回して次々に逸らされる視線。
殺伐としたみょうじの空気には誰も干渉したくないと言わんばかりの避けよう。
これでクラスで浮いている存在ではないというのだから不思議だ。

「あの人が来なければ平和に過ごせるのに」深々と吐いた溜め息に諦めは含まれておらず。
俺を媒介に丸井へ伝えさせようとしているかのように取れた。


「相当嫌っとるようじゃな」
「あの人自体を嫌っている訳じゃないですよ? 人格は対象外なんで」
「……ほう」


成程。
納得した風に緩く頷いた俺を尻目に赤也は頻りに首を傾げていた。
大方話の主旨が掴めていないといったところか。


「今の話、ブンちゃんに伝えてもええかの」
「……どうせ話すなと言ったところで無駄でしょ? コート上の詐欺師さんには」
「初対面なのによう分かっとる」
「これでも一応自称立海のエースとダチやってるんで」
「自称って何だよ!」
「それに、」


丁度良いタイミングで被せてきた予鈴を知らせるチャイムがみょうじの言葉を遮る。
ざわざわと着席し出したこの空間に明らかに場違いな俺。
残念。タイムリミットか。


「ま、あんまりブンちゃんを邪険にせんでくれ。あれで結構凹んどるようじゃけえ」
「時と場合によりますわ」
「くくっ……そうか」


本鈴が鳴る前に2-Dの教室を後にして俺の脚が向かったのは3-B、ではなく屋上。
この不思議と心地好い気分を維持したかったのだ。




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