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みょうじは基本的に温厚な奴だ。
基本的には。
この若干の含みが込められた言い回しにはちょっとした訳が存在する。


「切原」
「あー? 何か用?」
「課題。出してねぇの後お前だけ」
「かだい……? ……ぁ、」


課題、の単語に時間が止まったかのように固まった俺をみょうじは喉の奥で笑った。
それに憤慨するより以前に課題の紙を発掘する方が先決で。
俺の前の席に当たり前のように座った奴はやっぱり愉し気である。


「やっぱやってなかったか。期待を裏切らねぇ奴」
「う、うるせぇッ! ……お、これ、ッか!? ……げ……」
「お、あんじゃん」


さっさとやっちまえ、なんて至極簡単そうに言い放つみょうじの笑顔が輝いていた。
くそう。自分は既に終わってるからって……!


「ちなみに、期限は放課後までだかんな」
「……は? いや、いやいやいや! 無理っしょ!!」
「人間その気になれば何でも出来るものさ」
「何悟ってんだよ!」


憎たらしいまでの笑みを浮かべたみょうじが「ははは」と棒読みし、周りの奴らと軽く話し出した。
俺は放置か。

英語の課題なんて終わる気がしねぇよ……でも、課題忘れて遅刻なんて真田副部長に怒られるし。
他の先輩……いや、駄目だ。絶ッ対真田副部長の耳に入る。

となれば、俺の選択肢はただ一つ。


「みょうじー……」
「……お前さ、少しは自分でやろうとは思わないわけ?」
「思ったけどよ! 放課後までとか確実に終わんねぇ……頼む! このとーり」


意地なんてみょうじの前、つか英語の前では邪魔なだけで拝む格好をしてみょうじに教えを請う。
なんだかんだでこいつは良い奴だからきっと俺を無下にはしない、はず。
数秒の沈黙の末。


「昼休みまで自力でやれ。それでも分かんないとこはいつもので手を打つ」
「! さんきゅー!! やっぱ持つべきものはダチだな!」
「おま、調子良すぎ」


コツン、と拳を軽く額にぶつけてきて呆れた風な口調。
でも声質は柔らかいから、きっと言葉だけ。
にんまりと緩む口角をそのままに課題と向き合った。

でも案の定、英語はちんぷんかんぷんで昼休みにみょうじの小さい雷が落ちるのは後数時間後の出来事。



***


「――――……で、この文章だとこれが過去の過去。つまり大過去にあたるから」
「ああ! つまりhad eatedになんのか!」
「……いやeatは不規則変化動詞だからeatenに「みょうじッ!」


みょうじの説明が中途半端なところで途切れて、うんざりした顔付きになる。
こいつとつるんでそろそろ1年半が経つけど、こんなにまであからさまに嫌悪を全面に出したみょうじは初めてだった。
かれこれこのやり取りが始まってから一週間は確実に過ぎている。
この二人に進展はない。


「いい加減諦めて食え!」
「……なんであんたに指図されなきゃいけないわけ」


また先輩はいつもと同じ包みを押し付けて、みょうじは苦虫を噛み潰したような表情をして。
激しい温度差に見ているこっちがはらはらして、正直気が気ではない。
つまりは丸井先輩の空回り。




「マジ迷惑。ウザい」




ぴし、冷たく突き放した言葉に固まる教室の空気。
丸井先輩のファンの奴らも反論を口にするのが憚られるぐらいの重たさに、物音一つ許されない静けさ。
息苦しくて誰もが先輩の次の行動に固唾を飲んで見ていた。


「帰ってください」


丁寧語は先輩後輩を示すただの飾りと変わり果てて、そこに本来の役目である敬いの欠片もなかった。
みょうじは今まで誰にもこんな態度をとったことがない、と。
この先輩は知っているのだろうか。

踵を返したみょうじに何かを言いかけるも聞く耳持たずといった奴の振る舞い。
それに開いた口を閉じて丸井先輩も入口から姿を消した。
時刻はまだ昼休み半ば。


「食って」
「みょうじ、やっぱk「課題。手伝わねぇぞ」
「う゛……」


詰まった俺にみょうじは先と変わらない笑みを向けてきて、さっきの態度が嘘のよう。
残り少しだった課題を教わった通りに書き写せば、その間奴はクラスの奴と談笑。
それを横目に留めておきながら、広げた包みの中身は流石丸井先輩と言いたくなるような出来映えだった。


「みょうじー」
「んーなに、ッ?!」
「隙あり、だな!」
「、ってめ……!!」


ぎろり。
般若を背後に纏ったみょうじが俺をきつく睨んでくる。
その眼光の鋭さに軽い戦慄を覚えるもぐっと圧し殺して、本題に触れた。


「で、味どーよ」
「……別に」


だから、どれも同じだっつの。
吐き捨てた奴は勢いに任せに持ち込んでいる水を喉に流し込んだ。

そう。こいつ、みょうじは食べ物の事になるとひどく冷たくなる。
理由は知らない。




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