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「お前んとこの赤髪の先輩さー……あれ何なの」
「あー? 赤髪って……丸井先輩のことか?」
「名前なんか知らねぇよ」


じゅー、狭い入り口から無理に液体が入る音をたてて無味なそれは喉元を通り過ぎる。
今日の昼食は○ィダーと具なしおにぎり。
量の少なさ故か味気なさ故か、切原はいつもこれに信じられないといった顔付きをする。
当の本人は目の前で大盛り弁当を完食しているところを繰り広げていた。

よく、そんなに食えんな。いつも不思議に思う。


「そういやこの前からちょいちょい話してんな。いつの間に仲良くなったわけ?」
「はあ? 仲良くねっつの」
「だってよ「みょうじーッ!」


ムカつくことに聞き慣れてしまった大きな声に歪む表情を隠せない。
ここまであからさまに毛嫌いを露にしているというのに、この赤髪の先輩は懲りずに何度となくやってくる。
しかも、遠慮しているのか決して入口の一線を越えようとはしなかった。


「ほら、噂の丸井先輩がお呼びだぜ」
「マジ勘弁してくれよ……ったく」


最初の頃はそれこそ無視を決め込んでいたのだが。
いかんせんずっと張り付かれ呼ばれ続け、我慢の限界が訪れるのはいつも俺。
だから必然と俺が向かうという図式が成立するのだ。

めんどくさい。
どうせまたいつものだろう。


「……みょうじ! 遅ぇよ」
「いやもうほんと帰ってください」
「勿論帰るぜ。お前がこれを食ったらな!」


ずいっと俺の胸に押し付ける形で小さい紙袋を差し出す。
僅かに空いた隙間から漏れ香った料理特有の臭い。
常人だったらきっと接食行為を擽られるような匂いなのだろうけれど。
生憎常人ではない俺には気分が悪くなるものでしかなかった。

鬱陶しい、この感情を思いっきり乗せて吐いた溜め息も悲しきかな。
目の前の人物には通用しない。


「毎日毎日、よく飽きもせずやりますね」
「お前の食べ物に対する腐った根性を叩き直すためだ。当たり前だろい」
「……そういうの、何て言うか知ってます?」


どうすればこの傍迷惑な人物を追いやることが出来るのか。
それだけを目的に脳内をフル回転。

ならば、と。

ありのまま剥き出しの本音を鋭く尖らせて、言葉という武器を俺は選ぶ。
入口の片側に凭れかかって赤髪のこの人を見下ろした。




「価値観の押し付けも自己満足も大概にしてください」
「……」




沈黙は肯定。
つまりは知っているし分かっているということ。
理解しているならばそれは。確信犯。

本当苛々する。
この人に対しては当然ながら俺に対しても。
無視しきれず相手をしてしまっていることが何よりも不愉快。


「はっきり言って迷惑以外の何物でもないんで」
「……おい、みょうじ!」


険悪な空気を察してか焦りを全面に出した切原をさらりと無視。
頭一つ分低いこの人を見れば泣きそうなまでに眉間に皺を寄せていて。
これではまるで俺が悪者のよう。
でも、この人の自己満で作った弁当をこの人の自己満のために何故俺が食さなければならないのか。
全く持って疑問だ。

ぷくー、ぱちん。
目下の人の口からガムが歪んだ球を象りながら膨らんで破裂した。
鼻につくグリーンアップルの臭い。
食の臭いは全身が拒否反応を示すのだ。


「切原、これやる」
「え? で、でも……」


かなり不本意ながら受け取ったその包みを切原に押し付ける。
突然の行動に狼狽えた切原は窺うように俺と自身の先輩を交互に見やり、手に持った包みをもて余していた。
この人も俺が発言した瞬間は瞠目したが、直ぐにその意味を理解して崩れた表情に拍車がかかる。

おろおろと居心地悪そうに自身の先輩に口を開く切原。
どうしたら良いのか、本気で分からないのだろう。
この場の雰囲気に呑まれてこいつまで泣き出しそうだ。


「ま、丸井先輩……あの……」
「……俺は諦めねぇからな」


安い捨て台詞。
あまりの粗末さに内心から笑いが込み上げてきて堪えるのが大変だ。
そしてぐっと唇を噛み締めた奴を見送りもせず、俺は自分の席へ。
切原は廊下と教室を数秒逡巡して、なんとも言えない複雑な表情をして戻ってきた。

先輩と友達。板挟みのこの状況。
知ってる。分かってる。理解している。
こいつが一番の被害者。
それを考えると俺も相当の確信犯か。

だけれど、この不快さだけはどうにも自身の理性では到底抑えることは出来なかった。
それに。食べ物だって食べて喜んでくれる奴に食べてもらった方が良いに決まってる。




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