long | ナノ


今日俺は衝撃的な光景を目の当たりにした。

放課後、掃除時間中の廊下。
とある男子が女子から綺麗にラッピングされたお菓子を渡されていた。
小耳に入ってきた会話から推測するに告白ではないようだが、女子がその男子に好意を持っているのは明白。

やや俯き加減でやはり不安なのか震えながらお菓子を差し出す女子。
それに男子も一拍遅れて反応し穏やかな微笑を浮かべ受け取れば、女子はぱあっと周りに花を飛ばす勢いで嬉しそうにはにかんだ。
頻りにお礼を口にして頭を下げてぱたぱたとスカートを翻して走り去る。


「はぁ、羨ま……は?!」


とまあここまでは良しとしよう。
女子が気になる男子に差し入れするのはここ立海では日常茶飯事。
問題はそこではない。

捨てたのだ。

女子が好みそうなピンクと水色のギンガムチェックの包装紙で整ったラッピングがしてあるそのお菓子を酷く冷めた顔で。
あろうことかゴミ箱の中に。
あまりの衝撃に頭がついていかず身を固くしている間にその男子はさっさとこの場から遠ざかっている。



「待、てよ……!!」



自分でも吃驚するぐらいの素早さでゴミ箱の中からお菓子の袋を拾い上げ、男子の肩を掴んだ。
そいつもまさか話し掛けられるとは思っていなかったのだろう。
驚きに見開いた眼は先程の冷たさを全く感じさせない。
ただ驚愕を示したのもほんの一瞬のことで、直ぐに変なものでも見るかの様な気圧される眼差しに早変わりした。


「……何、あんた」
「お前、何してんだよ!」
「はあ?」
「食べ物を簡単に捨ててんじゃねぇ!」


なんだそんなことか、至極どうでも良さそうに呟いた言葉が今度は俺を狼狽させた。
話し掛けるために掴んだ手を撥ね除けられ、敵意をありありと乗せた視線に更に続けるはずだった台詞を呑み込まざる得ない。
見た目が不良っぽい(ってよくダチから言われる)俺に堂々とメンチ切るなんて相当な度胸だ。
凛とした強さを持つ瞳がつり上がる。


「俺が貰ったもんをどうしようが俺の勝手だろ」
「だからって、食べ物を捨てて良い理由にはなんねぇだろい!!」
「五月ッ蝿い。じゃあ、あんたが拾って食えば?」
「はあ?! おま、作ってくれた奴に失礼だとは思わねぇのかよ!」


つかこんな美味いもん捨てるなんてマジ有り得ねぇ。

俺の怒声には一切態度を変えなかった奴が、ぼそりと吐き出した俺の言葉に目の色を変えた。
廊下に響くぐらい大きな音。
発生源は奴の右手と白色塗装のコンクリート壁。
思わず一歩脚を引いてしまう程に奴の纏う雰囲気は鬼気迫るものだった。


「美味しい? それが?」
「い、いきなりなんだよ……」
「……っは。吐き気がするね」


俺をというよりかはお菓子の袋を睥睨して忌々しそうに吐き捨てる。
唐突な豹変振りに目を白黒させてると奴の背後に見慣れた黒髪を留めた。
不満気に膨らんだ頬。


「みょうじ!」
「……切原? 何だよ」
「何だよじゃねぇし! お前トイレに何分かかって……て丸井先輩? こんなとこで何してんすか?」
「あ、かや……」
「ふうん……あんた3年だったんすか。同学年かと思った」


壁に付いていた右手をおもむろに退けたみょうじは俺を見下ろして鼻で笑った。
こいつ、絶ッ対俺のこと先輩だなんて思ってねぇ……!
みょうじの視線が俺から赤也に移行すれば、苛高な空気が僅かに和らいで。


「それ、食べたかったらどうぞ? どうせ味なんてどれも変わんないんで」


行くぞ切原、踵を返すみょうじに戸惑いながら小さく頭を下げた赤也。
完全に二人が俺の視界から消え失せてようやっと、まともに息が吸えた気がする。
はーっと吐き出した深い溜め息ともとれる呼吸は震えていて、袋を握る手も小刻みに振れていた。




――――まさか激昂した自分が逆に激昂されるなんて思ってもみなかった。




壁に背を預けて未だに激しく脈打つ心臓辺りを押さえる。
不意に鼻腔を刺激してきた甘い匂いは美味しそうなのに、全くといっても良いほど食す気にはならない。


「っ、何なんだよ……あいつ」


柄にもなく舌打ちを漏らしてみてもこのモヤモヤした感覚は中々抜けてはくれなくて。
今日の後輩弄りと称した部活参加は散々なもの。
それは真田から裏拳じゃなくて心配が飛んでくるほど。
昔から深く考え込んだり長く尾を引くような性格はしていないはずなのに。

何故かお菓子に向ける憎悪にも似た尋常ならざる眼差しが頭から離れなかった。




戻る

×
- ナノ -