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声が聴こえる。
窓ガラスの外側を叩き付ける雨音に紛れて。

『、ずっと……傍に居ったって……っ!』

そう言って彼は子供のように泣きじゃくりながら俺を抱き締めた。
俺が逃げ出さないようにと、きつくきつく。
彼は脆い人なんや。


「どこにも、行かへんよ。安心しい……なまえ、」


一歩間違えば使い物にならなくなるような扱いを受けた腕は重たい。
あまり力は入らないがそれでも叱咤してなまえの背に添える。
ああ、こんなにもこの背が愛おしい。




通り雨が過ぎ去って、雨音が鳴らなくなる。
声が遠退いた。


「……なまえ、っ」


掻き抱いた腕の中に彼は居ない。
その存在すらもここには、居ない。
住人を喪った部屋は既に寂れ始めている。

俺は絶対離れたりせんよ。だから。戻って来て。
この腕から温さが消える前に。



***




「ユウジッ!」
「白石……」
「なまえが、なまえが……ッ消えてまう、!!」


力任せに開け放った部室のドアが壁にぶつかって激しい音を立て、誰かが俺の名を呼ぶ。
しかしそんなのも耳に入らない位俺は切羽詰まっていた。
部室にはいつもと変わらないメンバーが居て、誰も彼もが顔を歪める。
勢いよく入ってきた割にはたどたどしい足取りで一直線にユウジの下へ。


「早よ声聴かせてぇな……、」
「……白石、もう止めや」
「謙也は黙っとき! なあ、早よ……ッユウジ!」


自身よりも下にある両肩を掴んで強く揺さぶるもユウジは反応を示さない。
俯き加減の奴を気遣うなんて感情は沸き起こってこなかった。
ただ、”居なくなる”という焦燥感と恐怖だけがぐるぐると全身を回り続けていた。


「……ホンマ、ええ加減にして欲しいわぁ」
「!! ……ぁ、や……ッ」


奴が口を開いた瞬間、この場の空気が一気に下がる。
面を上げたユウジは無表情で、でも眼だけはギラギラと俺を射抜いていた。
真っ直ぐ。彼女と同じ様に。
冷たく。彼と同じ色で。


「なまえなまえて、馴れ馴れしく呼ばんとって?」
「、ユウジッ!」
「ぃ……や、止め」


焦燥と牽制の色を孕んだ謙也の声音。
俺の拒否の言葉に苛立ったユウジを止める効力は皆無。
続きなんか聞きたくないのに身体はぴくりとも動かない。


「なまえは、うちの、彼氏や。勘違いしないで欲しいわ」
「あ、あ……、……ぁ、」


彼女を再現した高い声は容赦なく俺の鼓膜を突き破った。
糸の切れた人形の形容が正にぴったりで、力の抜けた下肢は上体を支えきれず崩れ落ちる。
慌てて駆け寄って来て替わりに支えてくれたのは千歳と小春。

ダンッ!! と荒々しく、ユウジはロッカーに縫い止められた。


「おッ前、何考えとんのや!!」
「ええ加減鬱陶しいねん」
「やからってッ、今んはやり過ぎやろ!!」


憤慨して息巻く謙也に素っ気ない態度のユウジ。
そんなユウジの態度に益々謙也は逆上してより一層責め立てる。
遠くで飛び交う怒声。
かたかたと震える肩を千歳が抱き、小春は背を撫でてくれて。
霞がかった思考と視界の中で「ええ気味っすわ」と言う財前の小さな呟き言だけが鮮明に聞こえた。

腕が冷たい。冷たくなってもたよ、なまえ。




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