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混沌とした微睡みの空間の中で俺は目を開いた。
眼前に広がる景色に一瞬立ち尽くす。
確かに直立はしているものの視覚的に床というものが存在していない。
遥か前方に地平線はなく、頭上に空は見受けられない。


「(……夢、か)」


何とも味気無い、夢とは自分の脳が造り出す代物だったはず。
ならばこの灰白色の世界は俺の創造の産物。

がさ、草を掻き分けるような音。
本来ならば有り得ない音と共に人の気配が突然に現れた。


『ちょ、あんま引っ張んなて……蓮華!』
『うっさいわー』
『うっさいて何やねん……』
『白石くーん! 連れてきたでー』
「! っ……、え」


追い越した人影に呼応して明るく色付いた辺りを見れば先程とは全く異なった景色。
燦々とした日光に照らされたそこは見慣れていて懐かしい。
一歩脚を動かすたびに彼女のセーラー服の裾が翻る。
そして次に見えてきたのはまたもや見慣れた集団。


『おー、小柳さんありがとな』
『お礼はクレープでええよ』
『おん、後で奢ったるわ。謙也が』
『せやな、って俺かーいッ!』


白石の真横に立っていた謙也が『自分で奢れや!』なんてチョップをかまそうとして見事躱されていた。
俺を連れてきた当の本人は楽しそうに朗笑を浮かべている。
緑と黄のジャージが眩しい。


『……先輩ら何やっとんねん』
『ああ財前! ちょっちょ聞いてや! 白石の奴、自分で奢らんと俺に奢らせようとすんのや!』
『別にええやないですか。謙也さん小遣い沢山もろてんねやろ?』
『そらそうやけど……って何で知ってんねん!?』


ざり、靴底と砂利が擦れる音にはっとなる。

今俺は何をしようとしていた?

自問に答える前に一歩踏み出した脚を元々の位置にまで戻す。
あまりにも謙也と財前の遣り取りが懐かしくて、無意識に近寄ろうとする自分が居たのに驚いた。
蓮華だけじゃなくてこの空気までも未だに女々しくも望んでいるのか。

なんて。


『で、俺に用てn『ぅああ……小春ぅぅうう!!』
『……喧しいでユウジ』
『なまえ酷っ! 少しは慰めぇや!』
『そんなん銀にやってもらい。俺は忙しいねん』
『ユウジはん、小春はんは生徒会なんや。我慢するんも修業やで』


なおも駄々をこねるユウジに皆が苦笑を漏らす。

輪の中心に居る昔の俺と変わらない彼女。
全てに変化は無く、時間は止まったまま。

背を向けて談笑していた彼女が不意にこっちに振り向いた。




『うちな、        なまえが好きやねん!』




嬉しそうに破顔して発せられた言葉に頬が濡れた。
なんて滑稽なんだろう。
掴もうと伸ばした自身の腕が届くことはなく、前に向き直った彼女は昔の彼らと一緒に消えた。

そしてまた初めに戻って廻る灰白色の世界。
気持ち悪い。




覚醒した世界は穢い俺が居て清純な彼女の存在しない世界。
何故。
俺が在って、彼女が在らないのだ。




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