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暗がりから手が伸びてくる。
歪んだ笑みを張り付けた奴は昔の奴と同一人物とは到底思えない。

奴の後ろで親友が倒れていた。
慌てて駆け寄ろうとしたのに目前の奴に阻まれて動けない。
そっと割れ物を扱うかの如く頬に触れた手に全神経が逆立って呼吸すらまともに出来なくなる。



『       』



奴が何か言った。
瞬間勢いよく首が両手で絞められる。

痛い――……何処が?

苦しい――……誰が?



「――…、や…」



俺よりもあいつの方が。ずっと。
奴の背後でゆらり、親友が立ち上がって俺に笑いかけた。



『    』
「―…ん……、謙也!」
「! 、ぁ」


心配を含んだ俺を呼ぶ声。
重たい頭で下を向いていた顔を上げると、ぐにゃりと視界が歪んで頭ん中が真っ白になった。

焦った声。
机と床にぶつかる鈍痛。
ふわふわとする感覚。
まだ夢の気持ち悪さが残っていた。


「顔青白いで。ちゃんと寝とるん?」
「寝とる……」
「嘘言いなや。ならな、「なあ」


怒っているというよりは窘めるといった声音の白石を遮って、俺は唐突に話し掛ける。
座り直した椅子が心地悪い。
そして、怪訝そうな顔と真正面からぶつかった。


「くどいとは思うねんけど……何で、なまえと別れないん?」
「……」


表情が強張って身体が固まって。
きっと脳内ではこの状況からどう逃げ出そうかそれに躍起になってるに違いない。
少し罪悪感が過ったが、今はそれを気にしている場合ではなかった。


「なあ、何で?」
「……なまえには俺が居らなあかんのや」


渋々という表情のまま白石は俺の脈絡ない問い掛けに答えてくれた。
ただ、俺の方は見ず何処か遠いとこを見てる。
とつとつと話し出してくれた中身は俺の知らぬ話。


「なまえから小柳さんを奪ったん、俺やねん」
「……え?」
「俺な中一ん時からなまえんこと好きで……子供やったんやな」




小柳蓮華。

なまえの元恋人で、俺らが中三だった頃に交通事故で他界した子。
笑顔が可愛い明るい子やった。




「喧嘩させたろ思てな、中三んとき小柳さんの下駄箱に紙入れてん」


なまえが浮気してます、て。
普段に俺の入る隙間なかったから、ほんの少しだけ。
ほんとに少しでええから歪みが出来ればって……ホンマそれだけやってん。

自嘲的な笑み。
こんな白石見たことがない。


「結果……俺の望み通り喧嘩したんやけど、小柳さん死んでしもて……」
「あ、れは……事故やろ」
「せやけど、……俺の所為や」
「……白石の所為とちゃうよ」


俺の否定の言葉も白石には届いてへんかった。
両膝の上で握り締められた白石の拳が小刻みに震える。


「ちゃう……っ、俺があないな紙渡さんかったら小柳さんは死なへんかった! なまえやって、あんな……」


微かに漏れた嗚咽に言葉を詰まらせて。
なまえは悪うない。
俺が勝手になまえを好きになったんにその想いを抑えられんのがアカンねん。
今の居場所が…どうしても欲しかったんや。
白石の自責の言葉は止まらない。




「ホンマ汚いわ……ッ!」




絞り出された声は泣いてるのに瞳からは何も溢れてはいなくて。
俺と目線を一切合わせようとしない白石に俺はただ口を噤んだ。

俺に何が出来るやろか。
一体何が。




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