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「ざ、財ぜ」
「……っ、く、ホンマ最悪……ッ!」


突然ぼろぼろと大粒の雫を溢し出した財前に俺の思考回路は機能停止した。
知り合って半年が過ぎたけどこんな財前見たことなくて、って半年とか短いか。
こんな少ない期間で俺はどんだけ知ったかぶりをしてこいつを傷付けてきたんやろ。


「、なまえさんのアホぉ……死にさらせッ」
「……すまん」


謙也や白石やったら、色んな財前を知っとって、気の利いた言葉とかかけられるんやろうな。
羨ましい。




「――――もっ……、好きやっ……ぅ」
「おん、ごめ……ん? んん?!」


罵声を浴びる覚悟はしていた故に身構えていたら、予想だにしない言葉が耳に入ってきた。
え? 好き? あんな事されとんのに
脳内が機能停止中の今、語彙認識機能も働かない俺はカッコ悪くもただただ棒立ちするのみ。
そんな俺をどう思ったのか、キッと力強く睨み上げる財前。
不謹慎ながら可愛く思った。




「こんッの鈍感! ボケナスッ! お人好し! 俺の気持ち何も知らんとほいほい家に上げよってからに……っ、その気がないなら! 初めからっ……突き放しや、ッ」




語尾が段々と弱まれば嗚咽を漏らし始め、遂にはずるずると再びしゃがんでしまった。
でも俺は財前の手首を確保したまんまやから細い左腕だけが持ち上げられている状態。
辛い態勢のはずなのに微塵も振り払う素振りはなくて、でも財前は泣き続けていて。

嬉しいけど辛い。こそばゆいのに悲しい。でも、やっぱり嬉しい。
そっか……これって。


「財前、」
「ッ、……言ったそばから、優しくッすな……!」
「そのまんまでええから聞いたって?」


俺も財前の高さに合わせて屈んでそっと華奢なその肩を抱き寄せた。
ビクッと跳ねた背を出来るだけ優しく撫でて大人しくなったところで口を開く。


「俺な、初めて財前が泊まった日やらかしたー! 思てん。酒飲んだらいつもあんなんやし」
「……」
「後輩に手ぇ出してしもたんかなて」
「せやろな……」


鼻を啜る音に混じった相槌。
顔は未だ上げない。
その方が好都合なんやけど。


「しかも財前全然帰ろうとせんし」
「……追い出したら、良かったやろ」
「でもな、最近俺……財前と生活するんが当たり前になり過ぎて。財前の居らん日常が想像付かんのや」
「前に、っ戻るだけや……!」


“前に戻る”確かにその通りやけど、それじゃあかんねん。
財前の頭を自身の胸に押しつけて。


「だから、これからも……俺ん家に居ったって?」


腕の中でびくりと跳ねた財前の身体がいつもよりも一回り小さく感じた。



赤い首輪を付けた青い鳥



ちゅんちゅんと甲高い雀の鳴き声がする。
その喧しさに目蓋を開ければ最早見慣れた天井。
俺の家のではない。
なまえさんの家のもの。

隣で安眠しているなまえさんを起こさないように布団から脱け出し、携帯で時刻を確認。
すると学校に行くには余裕過ぎる時間で、ベッドの脇に脱ぎ散らかした衣服を拾って風呂場へ。


「(まだ、……信じられんわ)」


蛇口のコックを捻れば頭上から叩きつけてくる温いお湯。
水分を擦った髪が十分重たくなったところで、シャワーを止め前の鏡を見る。
勿論映っているのは髪がぺたりと張り付けた俺。

そして、身体中に付けられた鬱血痕。
濡れた右手で一つずつそれをなぞって、かっと顔に熱が集まる。


「あか、ん……顔ニヤける……」
「ひかるー居るんー?」
「! ぁ……はい、何ですか」
「いや、次入ろ思て」


終わったら教えてなー、段々と遠のくなまえさんの声を聞きながら緩む頬が抑えられない。
どうしよう。
こんな顔じゃなまえさんと話せないやないか。
取り敢えずさっさと洗髪を終わらせようとシャンプーボトルに手を伸ばして。


「……キモ」


嬉しそうな表情の自分自身と視線がぶつかった。
自らに悪態を吐いて鏡から目を反らすも、顔の熱はそう簡単に引かない。
何にも考えんようにと頑張ってみても思考は直ぐになまえさんに戻ってしまう。

泥酔して締まりのない顔じゃない顔。
「好き」と囁く形の良い薄い唇。
意思を持って身体を這う男らしい手。

初めて酒無しの状態で抱いてもらって、やっぱりなまえさんはカッコ良かった。


「(って、ちゃうやろ俺! ……ッさっさと、終わらせな、)」


半分どっかに飛んでた思考のまま洗髪を終え、いつも通り髪は拭かずリビングに向かう。
でも、なまえさんはリビングではなくキッチンに居た。
しかもスラックスだけ穿いたという状態で。


「ッ、なまえさん……次どぞ」
「おん、ありがとな……ってまた、自分は髪も拭かんと」
「メンドいねん」
「はー……バスタオル貸し。しゃあないから拭いたるわ」


出来あがった朝食をテーブルの上に並べ終えたなまえさんが近付いてくる。
わしゃわしゃと乱雑にでも優しく拭いてくる手が堪らなく嬉しい。




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