「っ、白石!」
居なくなった彼を追いかけるべく足を動かそうとしたら呼び止められて、振り返る。
目に入ったのは泣きそうに顔を崩した千歳。
何か言いたそうなのは目に見えて明らかだけれど、こうしている間にもなまえは先に行ってしまう。
「千歳……堪忍な」
そう発するにはとてもじゃないが顔を合わせられなかった。
つい数分前には横面を叩いたし、彼の想いには絶対応えられない。俺には。
「そんなにみょうじんこつ……好いとっと?」
「……おん、むっちゃ好き」
まだ止めんとする千歳の声を聞き捨てて逃げるように教室から走り出た。
既にこの階になまえは居ない。
ずり落ちてくる鞄を鬱陶しく思いながら全力疾走して。
漸く玄関を抜けた先に歩く後ろ姿を見付けた。
「なまえ!」
大きな声で呼び掛けるも返事はない。
二人きりの時は大抵こんなだから大して気にはしないが、横に並んで息を呑んだ。
怒ってる。
決して顔も歩みも苛立っていないから周りからは分からないだろうが。
確かに怒っていた。
「……なまえ、?」
「……」
「千歳とは、何もないで……?」
声帯が上手く動かなくて掠れたものになる。
相変わらず反応はない。
前方から数人の小学生が「次はあっちやー!」なんて楽しげに俺達の横を駆けて行った。
そうか、まだこの時間帯は小学生が居るのかなんて意識を誤魔化す。
「ええねんで」
「……? 何が」
「あいつと付き合うても」
「な、に言って……」
あかん。
さっきよりも更に掠れに拍車がかかった。
喉の奥が物凄く渇いて気持ち悪い。
「俺んこと飽きたんやろ?」
「! そ、なこと……」
「嘘吐きは嫌いや」
「ちゃう、嘘ちゃう! 嫌や……ッ!」
鼻の奥から目頭にかけてがつんと痛くなる。
こんな小学生が往来する通学路でこんな姿曝したくはないけれど、止まらない。
少し先にはまだ子供が沢山居るであろう公園もあるのに。
視界が段々と潤んで輪郭をぼやかす。
「嫌や、捨てんで……っ。何でも、するから、」
「……」
「ふっ、お……れには、なまえしか居らへんのや……! 、ぁ」
両手ではしたなくもなまえの左腕に縋り泣いて、本格的に涙が溢れそうになったとき。
出し抜けに右手首を掴まれる。
驚いて目を見開いた状態で顔を上げれば、その拍子に温かいものが頬を伝った。
「言うたな……?」
ぐっと少し強引で引き摺られるように連れられたのは公園の公衆トイレ。
予想通りまだまだ子供が沢山残っていて、突き飛ばされた個室の中でも高い声はよく聞こえる。
「大人しくしとき」
後ろからのし掛かってきたなまえはやっぱり無表情でその真意は図れない。
怖くて仕方がない。
でも、この身体は浅ましくも悦んでいる。
それにこんなことせんでも、俺は嫌いにならんし離れてかんのに。
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