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白石が大きく目を剥いて左手を振り上げるのを目に留めたのと痛みが走ったのは同時。
乾いた音は広い教室によく響いた。
意を決して遂に白石を説得にかかって、見事に失敗に終わる。
どうやらみょうじに対する感情が先行したようだ。


「なまえを悪く言うなや!!」


突然のことに頭が追い付かない。
呆けた面のまま力いっぱい叩かれた右頬がじんじんと痛み出す。
拳ではなく平手だったのがせめてもの救いで、表皮が痛むだけに留まった。


「しら、」
「いくら千歳でも、許さへんで……っ」


潤んだ瞳で目一杯俺を睨み付けてくる。
いつも酷いことをされてるはずなのに、何故こんなにも庇うのか。
ぐいっと乱暴に目元を拭うと直ぐ様踵を返す白石。


「白石!! どぎゃんして、ッ」
「、離しや!」


咄嗟に右手首を掴んで、何か言いたいのに言葉が出てこない。
腕を大きく揺さぶって全身で拒否される。
違う、俺が言いたいのは。




教室から廊下へ筒抜けなその声は克明に耳へ飛び込んでくる。
二人の話なんて始めから聞いていたけれど。
終盤頃なって何食わぬ顔で教室に踏み入れば、修羅場さながらに仁王立つ二人。


「千歳」
「! なまえっ」
「みょうじ……!」


俺の登場に図らずも拘束する力が弱まったのだろう。
千歳の手を振りほどいた白石は一直線に駆け寄って首に抱き着いてきた。
さらさらな髪質を堪能しつつ前を見れば苦い表情の奴と視線が交差する。


「蔵を困らせたらしばく言うたやろ」
「そげんこつみょうじに言う資格はなかね」
「蔵は俺のもんや」
「だけん傷付けて良かこつにはならんばい」


俺のもん、その単語に目下の白石が僅かに肩を震わせる。
そしてさらに強く首に腕を絡ませた。


「前にも言うたったけど……何や勘違いしとるよぉやから、もっかい言うたるわ」


しかし今度は抱き返したりはせず、ゆっくりと腕をほどく。
ちらりと横目で白石を見たら潤んで熱っぽい瞳が俺を見つめている。


「俺がこいつを選んだちゃうで」


心なしか悲しみを湛えた瞳。
一心に注がれるその視線に焼かれそうだ。
視界の片隅で両拳を握り締めたのが写った。


「こいつが俺を選んだんや」



千歳の顔付きがあからさまなまでに悔しさに歪む。
それが示すのは嫌悪か憎悪か。
白石に想いを寄せていることなんて付き合う前から知っている。


「よぉ覚えとき」


だからこそ奴の前で何度となく見せ付けてきた。
忌ま忌ましいとでも言うかの如く鋭さを増した眼差し。
それを軽く鼻で笑い飛ばし、白石を置き去りに俺はこの場を後にした。


「っ、お前さんはほんなこつ酷か男ったい!!」


あらゆる負の感情を乗せた怒声は白石を通り抜けて、俺を突き刺す。
でも残念やったな、千歳。
白石が選ぶんは俺や。




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