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勢いずいた水がシンクに弾かれる音と食器にぶつかる音とが混ざる。
洗い物をしながら考えるのは財前のこと。
どうしてこうなったんだろうか。

いや、確実に俺の酒癖に原因があるんやけど。


「……っし、こんなんでええやろ」


濡れた手を適当に拭いて換気すべく居間の窓を開けた。
少し肌寒い風が流れ込む。
薄く棚引く雲は遥か上空で風に流されている。
時間的には夜だけれど、街並みはまだまだ明るかった。

はあ、と溜め息を吐いて思考を巡らす。
結局のところ財前と何があったのかは不明のまま。
財前は抽象的なことしか言わないから事実確認にまでは至らない。
だとすれば俺から話し出すということになるのか。

仮に事実だとして、覚えてないとかマジ最悪やない奴やん…。


「あー……どないせぇっちゅうねん」
「上がりまし、……寒っ」
「あ、すまん。換気しよ思てん」
「……まあ、ええですけど」


だぼだぼのTシャツとジャージを着た財前の髪はまだ濡れてる。
バスタオルはお情け程度に肩にかかっている位で髪を拭いた形跡は見当たらない。
いつもワックスで整えられた姿しか見ないから、新鮮。

……なんや不思議な気分。
今まで親しく話した事なんてほとんどなかったのに。
その財前が俺の家に居て俺の服を着て、一日を過ごしてたなんて。


「何や、まだ髪乾かしてないんか」
「ぇ、ああ……メンドくさいんで」
「アカン! 風邪引くやろ! ちょ、貸しぃ」
「は? ちょ、……ッ」


強引にバスタオルを取って財前の頭を拭きにかかる。
自分でも多少雑に感じたがそんなことを言っている場合ではない。
ほっといたらきっと風邪を引く。
何分間か髪を拭き続けて、財前は抵抗もせずされるがままであった。


「これで少しはましやろ!」
「……ども」

乾いてさらっとした髪の下から覗くのは紫黒の目。
そして瞳とは対称的な白い肌。
だけどその白い肌が今は風呂上がりの所為か赤く火照って、可愛かった。


「(……って、男に可愛いとか失礼やん!)」


若干熱くなった頬が覚られないよう足早に風呂場に向かった。
あー……上目遣いとか反則やって!
そこらの女子のより……断然……、効果あったわ。



夜空を仰げど星たちは沈黙したままで



唐突に意識が浮上して、一瞬自分の居る場所が分からなくて数回目蓋を瞬いた。
薄暗い視界。
見慣れない天井。
そして、あの人の匂い。


「(そか……なまえさん家やった)」


もぞりと身体をずらして携帯で時計を確認。
午前3時を少し回った頃。
なんだまだ夜中やんか、心中で舌打ちして隣を見た。
気持ちよさような顔をしたなまえさんが手を伸ばせばすぐ届く距離に居て顔が綻ぶ。

閉じられた目蓋。
薄く開いた唇。

ただ寝てるだけなんに、無性に色気を感じる。
そのまま触れようと伸ばしかけて、思い止まった。


「(起こして、まう……)」


あと数pなのに、届かない。
物音を立てないよう細心の注意を払ってベッドを抜け出し居間に向かう。

一人暮らしにしては明らかに広いなまえさん家。
中でも居間にある天井から床までの窓ガラスは特に異常だ。
ぼんやりとカーテンの隙間のガラス越しに外を見渡して一番に視界を埋めたのは紺碧よりも深い空。
何もない夜空。


「やっぱ……見えへんな」


夜中にもかかわらず煌々とその電力を消費する電灯。
その街灯を傍らに汚れたガスを吐き出す沢山の車。
街は常に動いている。

昼間には到底及ばないにしろ明るい街中に当てられて、空に光るはずの恒星はその影を隠していた。
サークルで行ったキャンプ先ではあんなにも存在を主張していたのに。


「眠れないん?」
「! ぁ、……起こして、もた……?」
「いや、水飲も思て起きたら財前居らんかったから」


こんな夜中に帰ったんかと思たわ。
落ち着いた口調の中に感じた安堵の色。
それが都合の良い解釈かも分からない程に浮ついた思考はやはりまだ眠いと訴えているのかもしれない。

冷蔵庫から冷えた水のペットボトルを取り出して飲むなまえさんをひたすらに見つめて。
ばちり、視線がぶつかった。
なまえさんはキャップの開いたペットボトルを俺の方に差し出して。


「財前も、飲むか?」
「……頂きますわ」
「ん。飲んだら、ベッドに戻るで」


明日は講義あるんやろ? なんて柔和に微笑むから、軽い眩暈を引き起こしそうになる。
冷たい液体は渇きを潤すはずなのに、この喉の渇きは潤してくれなかった。
苦しくて苦しくて、気持ち悪い。
自然的動作だから余計に泣きたくなる。




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