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――――ガシャンッ!




力一杯横に振り払った右腕が食器棚と衝突した。
ガラスやプラスチックの隔たりがない棚には食器が整理整頓されている。
しかしそれも数秒前までの話。
食器の脆くも壊れた甲高い音が耳をつんざく。


「なまえ! どないした、ッ」
「……白石」
「ッ右腕、血ぃ出とるやないか」
「ああ、せやな」


俺の口からでた肯定の言葉は意外にも平然としていた。
痛くないのかと聞かれたら答えはNOだ。
待っとき救急箱持ってくるさかい、血相を変えて走り出てく白石。

傷口から流れる血液が腕を伝って、あいつの足音が遠ざかっていく。
ポタ、落下点は茶色のフローリング。


「(片付けなあかんなぁ……)」


床一面に散らばった破片が照明で乱反射して網膜を刺激してくる。
これで、何回目だろうか。
アイツが居なくなって、あいつが来て。






「なまえ、腕みせぇや」
「ん、」
「……ちょっと沁みるで」


白石の要望で処置はリビングですることになった。
俺よりも痛そうな顔つきで消毒薬を滲み込ませた脱脂綿を傷口に押し当てる。
てきぱきと処置を済ましていくその手つきは実に手慣れたものだった。
最初の頃なんて手当てと呼ぶにはお粗末なものしか出来なかったのに。

ああでも、泣きそうな顔は変わらない。


「……何自分が痛がっとんねん」
「やって、痛そうやんか……」
「やからって、」
「なまえが痛がらんから、代わりに俺が痛がっとんや」


下目蓋に涙を溜めて、零れるのを必死に堪えている。
何でや。
何でこいつはいつも。
処置を終えた両手が俺の右手を握り込む。


「なまえ」
「なんや」
「腕こんなんにして痛くあらへんの?」
「痛いで」
「ならなんでっ、何回も傷付けるん?」
「分からん」


分からんのや、再度念を押すように呟いた。
握り込んで俯いたまま微動だにしない白石を通り越して。
リビング全体に目を向ける。


「なまえ」
「なんや」
「もう、物を殴るんは止めぇや」
「そんなん約束出来ひんわ」


天地と巻数が正された本棚に、手入れの行き届いた観葉植物。
財前に借りたCDも避けてある。
徹底的に埃を排除した部屋は目に見えるゴミはない。
これも全て白石がしていることで、俺と言えばただ壊してるだけ。


「殴るんなら……俺にし」
「……お前マゾやったんか」
「ちゃうわ! けどっ、」


手当てを受けた右腕がずきずきと熱を持つ。
包帯の巻かれた右腕と左腕が絡み合って。
押し倒された俺の視界は白い照明と白石で埋まる。


「なまえの身体が傷付くんのは耐えられへん……ッ」


右手が強く握られた。
でもこれは、遥か昔中三の頃の出来事。




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