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珍しくも部活が休みの放課後。
利き腕を吊るのはやはりというか、何をするにも遅くなって困る。
ぼんやりと鞄を眺めていると入口からガタンと音がした。
振り向けば手に何かを持って、教室を覗いている財前が。


「財前、どしたん? 2年の教室に来るなんて珍しいな」
「部長……なまえ先輩、知りませんか」


“なまえ”の言葉に左肩がずくりと疼く。
ほとんど空に近い教室。
恐らく隣の教室も同じ様な状況だろう。
今日は会えないし一緒に帰れないと朝方言われた。


「悪いけど今日は一緒やないねん」
「あー……そっすか」
「……電話してみよか? 出るか分からへんけど」


携帯を目の前でぶらぶらさせて財前に意見を仰ぐ。
そして、ほんの数秒逡巡した後「……お願いします」と小さく頭を下げた。
何回かのコールの末、耳障りな砂嵐をバックになまえの声が聞こえてくる。


『……なん』
「っあ、堪忍な。財前がなまえ探してんけど」
『あー……もう帰ってもたわ。財前そこに居てるか』
『……ッ、……ぅ、』


スピーカーの近くに誰か居る。
息を潜めて声が出ないよう頑張っているみたいだけれど。
熱を孕んだ吐息までは隠し切れていなかった。


「お、居るで。替わろか……?」
『せやな』
「財前、ほれ」
「ども……あ、なまえ先輩? CDどないしましょ」


自分の携帯を完全に手渡して考えるのはなまえのこと。
この肩に傷を負ったその日以来情事に至ることはなかった。
飽きられただろうか、そう危惧して恐怖に震える。

暴力よりも強姦よりも捨てられるのが一番怖くて。
無遠慮に右手を握り込めば爪先が皮膚に食い込む。
手の平も左肩も痛い。


「ほな、そゆことで……部長」
「っえ、あ……おおきに」
『白石―』
「は、はいっ」


思わず敬語で返してしまうほどの低音。


『……、ッ……ぁ』
『今日はもうかけんなや』


――――ブツっ!



電話の向こうで何をしているかなんて分かり切ったこと。
俺と付き合うようになってからもなまえはたまに誰かを抱く。
それが女か男か俺には分からないし知ろうとも思わない。
知ったところできっと俺は変わらないのだから。


「部長……?」
「あ、スマンな。ぼーっとしとったわ」
「いえ……俺、もう帰るんで」
「おん。気ぃ付けや」


きちんと笑えてるかな、俺。
心ここにあらずな状態なだけに平静を装うのが難しい。


「その台詞部長に返したりますわ」


俺につられてなのか財前は珍しくも笑った。
それは口角を吊り上げるだけのささやかなものだったけれど。
「どゆ意味やねん」なんて軽く返して、ふと中学に戻った気がした。


中三の秋口の頃。
俺がなまえと付き合ってから財前はあまり笑わなくなった。




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