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下半身の筋トレのみの部活を終えた帰宅途中。
一人の帰り道、当たり前のように携帯を取り出して、開くのは受信ボックス。

『10時以降のみ可』

それだけの感情の籠っていない字面。
現在時刻はそろそろ20時を迎えるような、そんな時間帯。
許可が下りた時間にはたったの2時間後だけれど、気分的には遠く長い。


「(今日は、機嫌ええかな……)」


電話越しだから身体的危害はないし、ご機嫌取りをするわけでもないけれど。
明日無視されるのは何としてでも避けたいわけで。
自宅に到着、夕飯、入浴、宿題、全て済ませて携帯を握り締める。

デジタル時計が示すは21:42。
多少のフライングさえも彼は許さない。
昔の携帯を引っ張り出して、拙い右手で受信ボックスを開いた。
フォルダの中は満杯で全てがなまえからのものである。

『みょうじなまえです 登録よろしくな』

本当に最初のメール。
なまえがあの彼女さんと付き合う前、同じクラスになったときの。


「、なまえ……っ」


一度読み始めたら止まらなくなってしまった。
読んだら次、読んだら次を繰り返して、不覚にも目頭が熱くなる。
別に昔が恋しいわけではないのに。
今も昔もなまえがなまえであることに変わりはないのに。




――ヴヴヴ


「! っはい、もしもしッ」
『とんの早いなぁ。……待ってたん?』


電話越しにくすくす笑う声が聞こえた。
あ、久し振りに普通の笑いを向けられた気がする。


「え? や、やって……まだ10時じゃ」
『何言うとんの。10時なんてとうに過ぎてんで』


慌てて壁掛け時計を見やって、確かに長針は頂を越えていた。
驚きのあまりに口をぱくぱくさせて。
小さな雑音の向こう側でなまえが「しゃーないなぁ」なんて優しげに囁く。
その所為かさっき昔のメールを見ていた所為か、不意に昔に戻った錯覚に陥る。

中三の秋まで彼は俺に対してもこんなであった。
誰にでも優しくて、面白くて、人気者で。




「ほんま、や……気付か『ほんま可愛えな、蓮華は』




一瞬なまえが何を言っているのか、良く分からなかった。
突然過ぎて思考回路が機能不全を引き起こす。


「っえ、あの『ま、そんなとこも好きやけどな。でも、蓮華はどっか抜けとるから、気を付けなあかんで』


カチカチ、秒針の音がやけに鮮明で代わりになまえの声が遠い。
自身の脈動を大きく感じて掌がじわりと湿り気を帯びてくる。




「……おん、気ぃ付けるわ」
『ん、ええ子。せや、今日のテレビやけど――――』


いつになく明るいなまえの声に視界が揺らぐ。
耳障りな雑音が電話初めよりも心成しか酷くなった気がした。




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