今日も今日とていつもと変わらない一日が始まる。
愛想良く笑って挨拶して、授業を受けて、談笑して。
なんてつまらない日常。
出会う人間が皆同じ顔に見えるのは自分の脳内変換の賜物だと信じたい。
「おはようさん」
「! っ、なまえ……」
前方に見慣れた後ろ姿を見かけて、以前と同じ様に声をかける。
面白いまでにたじろぐ謙也は俺を危険因子と見切ったのだろうか。
結局、俺には図りかねるわけだけれど。
「ええ天気やな」
「……せやな」
「今日の体育1限からやろ? かったるいわー」
「自分、体育嫌い……やったか?」
律義にも俺の意味が存在し得ない話にたどたどしく返答。
こっちを全身で意識してるのに決して見てこない。
当然といえば当然の反応だ。
普通なら挨拶を済ました段階で距離を取るもんなんに。
「そんなんちゃうけど、1限からとか疲れるやん」
「まあ……運動部やなかったら、そやろなぁ」
「そか謙也達は朝練あるんやったな」
「今日は……あらへんかったけど」
ここでようやっと。
謙也が窺うようにこちらをそっと見てきた。
こいつが窺っているのは俺の表情か感情か。
昨晩の白石の様子を思い返すけれど、それもほんの数秒の間。
どうでも良いことは覚えない主義なのは昔から。
「まあ、白石があれじゃあ無理やな」
「……また白石に手ぇあげたんか」
「謙也には関係あらへんことや」
ぴたりと歩みを止めた謙也に合わせるなんてそんな殊勝なことはしない。
突き放した言い方はきっと級友らの知らないもの。
彼らは俺の表面しか知らずに友達と言い張る。
「……なぁ、なまえ」
「なん?」
「いつから、そんなん……なってしもたん?」
「いつから?」
今度は俺が足を止める番だった。
耳障りな単語が鼓膜を震わせて、振り返れば哀切と憐憫の眼差しがあって。
全身の神経が逆撫でされるような不快さだ。
チャイムが遠くで鳴っているからじきに朝のSHRの時刻になる。
「せやったら逆に聞くけど」
生徒達が疎らになった玄関口で謙也に歩み寄れば示しを合わせたように後退。
最終的には壁際まで追い詰めて、勿論周りへの注意は怠らない。
「自分はいつの俺がこんなやないと言うつもりなん?」
怒鳴ったり睨みつけたりはしない。
そんなことをして自身の立場が危うくなるのは明白。
優等生で人気者の仮面は実に過ごし易い。
「知ったかぶりも大概にしときや」
怒鳴り顔も困り顔も泣き顔も誰にも見せない。
その代わりに見せるのは笑顔。
笑い顔ほど便利なものはないと確信している。
そして今、笑顔は笑顔でも冷笑を俺は浮かべる。
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