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放課後、今日はテニス部がない日。
一番窓側の席に居ったなまえに変わった様子はない。
委員会が確かあったから白石を待っているのだと推測する。
なまえと白石は公認のカップルだ。


「なまえ、今ええか」
「ん、おお。蔵が来るまでならええよ」
「ちょおコレ、聞いて欲しいんやけど」


だからこそ俺は今日ここに来た。
幸い2年1組のこの教室には俺達以外の生徒は残っていない。
ポケットから取り出した携帯を操作して、通話音声メモを再生する。
数秒の間があってから、携帯から音質の良くない音が鳴りだした。


ガタン


『っあ、おかえり!』
『……』
『……なまえ? どした、ッ!?』


ゴッ
ドダガダダンッ


聞こえたのは紛れもなく白石の声。
鈍い音と次いで発せられた物が倒れる物理的な音。


『ゲホッ、……っは、!』
『……慣れ慣れしく触んなや』
『かっ、んに……、!!』
『電話してたん?』
『謙也から、っかかってきてん……ッぅ』


携帯という媒体を通して聞こえたもう一つの声は正真正名目の前の彼のもの。
学校では決して発したことのない冷たい声。
苦しそうな白石に対する配慮は一切感じ取れない。


『人ん家に上がりこんどいて、自分は他ん男と談笑か、え?』
『ぅ、……っ、は……ッう゛あ゛!』


ガタダダンッ!!
バササッ…


『あーあ、また片付けし直さなアカンやんか』
「謙也」


生身のなまえが笑みを張り付けて俺の名前を呼ぶ。
普段とどこも変化が感じられない表情と声質。
怖い。
何も変わらないことが逆に恐ろしく感じた。


「よお、聞こえへんわ。もうちょい近付けてや」
「、……これぐらいでええ?」
「おん」
『ごめ、……ッ俺が悪、』


バキッ!!


不穏な音と同時に再生されていた音声が途切れる。
ガチャン、何か固い物が床に落ちたようだ。
なまえは、笑顔のまま。


「堪忍、壊してしもた」
「っな! おま、」
「迂闊やったわー、あん時まだ通話中やったんやな」


おもむろに立ち上がった奴の右足が何の躊躇いもなく携帯の上部を踏む。
最近の携帯は丈夫なんやな、なんて言いながら今度は俺の手から下部を毟り取った。


「外の入物(いれもん)壊したってデータが残るんとかマジ最悪や」


手際良く奴の右手が機械の心臓部を捉える。
適度の運動から成る骨ばった細長い指。


「……お、あった。これやんな」


ボキッ、実に簡素な悲鳴を上げてICチップは完全に破壊。
この携帯地味に高かったんに、どうでもいいことが頭を過ぎ去る。
背後で時計の秒針が刻む音がやけに大きく聞こえた。


「で、何を俺に聞かせたいん? 謙也」


彼は笑っているはずなのに。
背筋が震えた。




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